【弁護士解説】「知らなかった」では済まされない。他社の知財侵害を防ぐ、鉄壁の防衛マニュアル

alt="記事「【弁護士解説】「知らなかった」では済まされない。他社の知財侵害を防ぐ、鉄壁の防衛マニュアル」のアイキャッチ画像。スーツを着た弁護士が、「鉄壁の防衛」「知財防衛」と書かれた巨大な盾で、「侵害リスク」「警告」「訴訟」と書かれた多数の矢を防いでいるイラスト。弁護士は光り輝く「防衛マニュアル」という本を開いており、背景にはデジタルな回路と保護された都市が描かれ、強固な知財保護の重要性を表現している。" ベンチャー法務とは
弁護士町田北斗

ベンチャー起業の法務を専門とし、社内弁護士として企業の成長を法的側面から支えています。
当サイトでは、単なる事務処理ではない「経営に貢献できる法務」になるための実務ノウハウを公開。
契約書審査からIPO準備、労務戦略まで、現場で本当に役立つ「攻めと守りのリーガルビジネスマインド」をお伝えします。

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ある日、会社に一通の「内容証明郵便」が届く。
中身は、見知らぬ企業からの**「特許権侵害警告書」**。

『貴社の製品は、当社の特許権を侵害しています。直ちに製造・販売を中止し、過去の売上に係る損害賠償金を支払ってください』

これが、ベンチャー企業における「突然死」となり得るパターンです。

知的財産の世界において、「知らなかった(故意ではない)」という言い訳は通用しません。
過失がなくても責任を負わされる怖い世界なのです。

今回は、企業の守護神である法務担当者が、開発やマーケティングの現場で徹底させるべき「他社権利の侵害予防策」について解説します。

特許権侵害における「損害額」の算定方法

特許侵害の損害賠償額は、被害企業の立証の困難さを救済するため、特許法102条で以下の3つの算定方法が認められています。

  1. 逸失利益(1項):被害企業が販売できたはずの数量に基づき計算する。
  2. 侵害者利益(2項):侵害者が侵害品の販売で得た利益額をそのまま損害額と推定
  3. ライセンス料相当額(3項):事後的に定める適正な実施料相当額を請求する。

原告は、証拠の有無や金額の多寡に応じ、最も有利な方法を選択して請求します。

2項を根拠とされた場合、非常に高額な賠償請求となりやすいため、「バレなければOK」と安易に考えるべきではありません。


1. そもそも、何が「侵害」になるのか整理する

法務担当者は、全社員が「何に気をつければいいか」を一目でわかるように教育する必要があります。

まずは、主要な4つの権利と、侵害のリスクポイントを整理しましょう。

権利の種類保護対象よくある侵害パターン
特許権技術・アイデア競合他社の技術を「参考」にして開発したら、実は特許化されていた。
商標権名前・ロゴサービス名が他社とかぶっていた。ドメインが取れたから安心して確認を怠った。
著作権文章・画像・コードネットの画像を「引用」のつもりで無断転載した。外注先がコードをコピペしていた。
意匠権デザイン商品の見た目や画面UIが、他社の登録デザインと酷似していた。

2. 開発・リリース前にやるべき「3つのクリアランス」

侵害を防ぐための調査活動を「クリアランス(権利クリアランス)」と呼びます。法務は、以下の3つのタイミングで必ずチェックゲートを設けてください。

① 企画段階:商標調査(ネーミング)

サービス名が決まったら、ロゴを作る前に必ず「J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)」で検索します。
完全に一致していなくても、**「発音が似ている(称呼類似)」**だけで侵害となるケースがあります。

  • 法務のTodo: 類似商標がないか調査し、危ない場合はネーミング変更を現場に指示する。

「見た目が違う」は通用しない! 商標調査のNG判定事例集

商標権の侵害判断において、特許庁は「文字の綴り」だけでなく、**「称呼(読み方・音)」や「観念(意味)」**が似ているかどうかを厳しくチェックします。

企画したネーミング(あなたの案)J-PlatPatで見つかった先行商標(他社の権利)なぜNG(侵害)なのか?【法務の判断基準】法務のTodo(指示・アクション)
English Cafe
(アルファベット表記)
イングリッシュカフェ
(カタカナ表記)
【称呼類似(音が同じ)】
見た目は違っても、口に出して読んだ時の「音」が同じであれば、消費者が混同するためNGです。
「却下」
読みが同じ商標があるため使用不可。別の名前を再考させる。
Black Cat
(英語の意味)
クロネコ
(日本語の意味)
【観念類似(意味が同じ)】
言葉は違っても、そこから連想されるイメージ(意味)が同一であるため、同一商標とみなされます。
「却下」
翻訳しただけの名前は通らない可能性大。造語への変更を指示。
Super Asahi
(形容詞+有名名称)
Asahi
(登録商標)
【要部(ようぶ)の共通】
「Super」「New」などの一般的な言葉を足しただけでは、メイン部分(Asahi)がパクリである事実は変わりません。
「即時停止」
大手企業の商標を含むネーミングは訴訟リスクが極大。絶対に使用させない。
S@PPORO
(記号などで装飾)
SAPPORO
(標準文字)
【外観類似(見た目が似てる)】
「A」を「@」に変えたり、フォントを少し崩した程度では、類似商標と判断され、すり抜けられません。
「修正指示」
小手先のデザイン変更では回避不能。根本的な名前の変更が必要。

検索の落とし穴:「J-PlatPat」は万能ではない

無料検索サイト(J-PlatPat)で、単に「英語の綴り」を入力してヒットしなくても安心できません。
プロの調査では、**「類似群コード」という特殊な分類を使い、「綴りは違うが、発音が似ているもの(例:ライオン vs ラリオン)」**まで網羅的に洗い出します。

法務からのアドバイス:「ロゴのデザイン費を払う前に、まずネーミングの確定を」。

名前が商標NGになれば、デザインしたロゴはすべてゴミ箱行きになります。デザイナーへの発注は、法務のGOサインが出てからです。

② 開発段階:著作権チェック(素材・コード)

エンジニアやデザイナーは、悪気なく「ネットで拾った素材」や「Github上のコード」を使ってしまうことがあります。

  • フリー素材の罠: 「商用利用可」と書いてあっても、「クレジット表記必須」や「加工禁止」などの条件がついていることがあります。※規約を確認せずに使うのは危険です。
  • OSS(オープンソース): ソフトウェア開発で使うOSSには「GPL」などのライセンスがあります。これを守らないと、**自社のソースコードをすべて公開しなければならなくなる(感染的効力)**リスクがあります。

「ただより高いものはない」開発現場に潜む著作権の罠

現場のスタッフは「ネットにある=使っていい」「GitHubにある=コピペOK」と考えがちです。しかし、そこには複雑なライセンス(利用規約)が存在します。

リリース直前に発覚すれば、**「デザイン全修正」や「ビジネスモデルの崩壊」**を招きます。

対象・素材現場の「うっかり」行動潜んでいた「規約の罠」(ライセンス違反)企業が被る結末・ペナルティ
フリー素材
(写真・イラスト)
「検索で出た画像を拝借」
「無料・商用可」という文字だけ見て、LPやバナーにそのまま貼り付けた。
【条件付き利用】
規約をよく見ると「クレジット表記必須」「加工・トリミング禁止」「商用は連絡必須」などの条件があった。
【損害賠償と差し替え】
権利者から使用料と違約金を請求されます。Webなら修正で済みますが、パンフレットなら全回収・裁断です。
フォント
(文字・書体)
「PCに入ってたから使った」
デザイン性を高めるために、フリーフォントやOS標準以外のフォントを使ってロゴを作った。
【商用利用の範囲外】
「個人利用は無料だが、商用利用やロゴ商標化は別途有料ライセンスが必要」というケースが大半です。
【ロゴの廃止・商品回収】
パッケージやWebサイトのロゴをすべて変更する必要があり、ブランドイメージが崩れます。
OSS
(ライブラリ)
「便利なコードをコピペ」
開発効率を上げるため、GitHubにあった便利なモジュールを組み込んだ。
【GPLライセンス(感染性)】
「これを使ったソフトウェアも、同じ条件で公開せよ」という強力なルール(コピーレフト)が含まれていた。
【自社ソースコードの強制公開】
規約に従い、本来は秘密にすべき自社の独自プログラムまで全世界に無償公開しなければならなくなります。
外注制作物
(コード・デザイン)
「納品されたから自社のもの」
フリーランスに発注して作ってもらったコードを、契約終了後に自社で改修した。
【著作者人格権の行使】
契約書で「著作権譲渡」をしておらず、さらに「著作者人格権(同一性保持権)」を侵害したとして訴えられる。
【塩漬け(利用不能)】
以後、そのプログラムやデザインを自社で自由にアップデートできなくなり、システムが硬直化します。

特に危険! OSSの「感染(ウィルス)的効力」とは?

表中のOSS(GPLなど)のリスクは、IT企業にとって**「致死量」の毒になります。
GPLライセンスのコードを一部でも組み込むと、完成したソフトウェア全体が「GPL」の影響を受け、ソースコードの開示義務が発生してしまいます(これをライセンスの感染**と呼びます)。
「SaaSの核心部分のアルゴリズム」が、たった一つのフリーライブラリのせいで、ライバル企業に丸見えになってしまうのです。

法務のTodo:

  1. OSS管理ツールの導入: 何のライブラリを使っているか自動スキャンする仕組みを入れる。
  2. ホワイトリストの作成: 「MITライセンスやApacheライセンス(比較的安全)はOKだが、GPLは法務チェック必須」といったルールを徹底する。

③ 完成直前:侵害予防調査(FTO調査)

製品が完成する前に、その技術が他社の特許に触れていないか、専門家(弁理士)を使って調査します。これを「FTO(Freedom to Operate)調査」と呼びます。

すべての特許を調べるのは予算的に不可能ですが、「競合他社」や「業界の巨人」が持っている特許に絞って調査するだけでも、リスクは大幅に低減できます。

「地雷撤去」のコストとリスクのバランス(FTO調査の現実解)

FTO調査は、いわばビジネスという戦場に出る前の「地雷撤去作業」です。

全ての土を掘り返す(全件調査)予算がない場合、**「地雷を埋めていそうな敵(競合)」**に狙いを定めて探知機を当てることが重要です。

調査の戦略(松・竹・梅)調査対象とコスト感メリット・デメリット判定結果とビジネスへの影響
① ノンガード戦法
(調査なし)
【対象:0件】
予算ゼロ。「バレなきゃいい」という運任せの特攻です。
メリット: 無料で最速。
デメリット: **「即死」**のリスク最大。
【出荷停止・在庫廃棄】
製品が倉庫に山積みになった状態で警告書が届き、すべて廃棄処分に。会社が傾きます。
② 全件網羅調査
(理想的だが高額)
【対象:関連技術すべて】
数千件の特許を読み込むため、数百万〜数千万円かかります。
メリット: 安全性は99%。
デメリット: スタートアップには**「予算的に不可能」**です。
【安全だが資金ショート】
調査にお金をかけすぎて、肝心の製品開発費や広告費がなくなります。本末転倒です。
③ ピンポイント調査
(★推奨される現実解)
【対象:天敵と巨人】
「直接のライバル企業A社」と「業界トップB社」の2社に絞って調査します。費用は数十万円〜。
メリット: **「最も撃たれる確率が高い銃弾」**だけは確実に防げます。
デメリット: マイナーな他社特許は見落とす可能性があります。
【回避設計(迂回)の成功】
「A社の特許に触れそうだ」と事前にわかるため、発売前に設計を少し変えることで、安全にリリースできます。

【実例】調査で見つかった「地雷」への対処法(回避設計)

FTO調査の真の目的は、「ダメだと知ること」ではなく、**「仕様変更(回避設計)して安全なルートを見つけること」**にあります。

調査で見つかった他社特許技術・開発チームへのフィードバック(回避設計案)法務的な結果
**「ネジ」**で固定する構造「他社がネジ固定の権利を押さえている。**『接着剤』か『溶接』**に変更できないか?」侵害回避(セーフ)
構成要件(ネジ)を変えたため、特許権の範囲外となり、訴えられません。
**「サーバー」**で処理する手順「サーバー処理は特許済みだ。アプリ側の**『エッジ(端末)』**で処理を完結させられないか?」侵害回避(セーフ)
処理の主体や場所を変えることで、特許の網をすり抜けます。
**「AかつB」**という成分配合「AとBの組み合わせは権利化されている。**『BをCに置き換えて』**も同じ効果が出ないか?」侵害回避(セーフ)
必須成分を一つずらすことで、他社の権利を踏まずに製品化できます。

3. 「契約」でリスクを転嫁するテクニック

どれだけ社内で気をつけても、外注先(Web制作会社や開発会社)が権利侵害をしてしまうリスクはゼロにできません。
そこで重要なのが、外注先との「業務委託契約書」による防衛です。
業務委託契約書には、必ず以下の条項(表明保証・補償条項)を入れましょう。

(知的財産権の非侵害)

受託者は、納品物が第三者の知的財産権を侵害していないことを保証する。万が一、紛争が生じた場合は、受託者の責任と費用負担において解決し、委託者に一切の迷惑をかけないものとする。

この条項があるだけで、万が一訴えられた時に、**「悪いのは外注先なので、そちらに請求してください(求償)」**と言える法的根拠ができます。法務担当者としては、絶対に譲ってはいけない条項です。

契約条項による「知的財産権侵害リスク」の転嫁テクニック

項目具体的な内容・アクションリスク転嫁のメカニズム(効果)
1. リスクの所在外注先(受託者)の過失
Web制作会社や開発会社が、納品物に無断で他人の画像やコードを使用してしまうリスク。
本来、発注者(自社)も監督責任を問われる可能性がありますが、このリスクを**「100%外注先の責任」**として定義し直します。
2. 使用する防具業務委託契約書
(表明保証・補償条項)
口約束ではなく、法的効力のある文書で責任の所在を明確にします。
3. 必須条項「知的財産権の非侵害」条項
以下の2点を明記します。
① 納品物が他人の権利を侵害していないことの保証
② 問題発生時の責任と費用負担
ここが「転嫁」の核心です。
「権利侵害していないと約束したのはそちら(外注先)ですよね?」という反論の土台を作ります。
4. 具体的な条文例> 受託者は、納品物が第三者の知的財産権を侵害していないことを保証する。万が一、紛争が生じた場合は、受託者の責任と費用負担において解決し、委託者に一切の迷惑をかけないものとする。【表明保証】
「クリーンな成果物である」と宣言させる。
**【補償(免責)】**
「何かあったら全額そちらが払ってください」と約束させる。
5. トラブル時の対応求償(きゅうしょう)
第三者から訴えられた場合、この条項を根拠に外注先へ対応を丸投げ、または損害賠償を請求する。
「悪いのは外注先なので、そちらに請求してください」
この条項があることで、自社が一時的に矢面に立たされたとしても、最終的な金銭的・実務的ダメージを外注先へそのままスライド(転嫁)できます。

4. もし「警告書」が届いてしまったら?

予防していても、警告書が届くことはあります。その時、法務担当者が絶対にやってはいけないこと。それは、**「慌てて自分で返事をする」**ことです。

  1. 無視しない: 放置すると「故意(悪質)」とみなされるリスクがあります。
  2. 即答しない: 「すぐにやめます」「話し合いたいです」と安易に返信すると、それが不利な証拠になります。
  3. まずは分析: 相手の権利は本当に有効か? 自社の製品は本当にその権利の範囲内か?(技術的範囲の属否)

ここからはプロの領域です。すぐに顧問弁護士や弁理士に相談し、**「相手の特許を無効にする余地はないか?(無効審判)」**などの対抗策を練ります。

この初動対応の冷静さこそが、会社のダメージを最小限に抑えます。

【警告書受領時】法務担当者の初動対応・NG行動リスト

分類アクション理由・リスク・狙い
❌ NG
(絶対にしない)
無視・放置する【リスク:悪質性の認定】
警告を無視し続けると、裁判になった際に「侵害を認識しながら継続した(故意・悪質)」とみなされ、賠償額が増額される恐れがあります。
❌ NG
(絶対にしない)
慌てて自分で即答する
(例:「すぐにやめます」「話し合いましょう」)
【リスク:言質の提供】
安易な謝罪や停止の約束は「権利侵害を自認した」という不利な証拠(言質)になります。交渉の余地を自ら消してはいけません。
✅ OK
(まずやること)
冷静な分析
(社内調査)
【現状把握】
以下の2点を客観的に確認します。
1. 権利の有効性: 相手の権利は本当に有効か?(期限切れや不備はないか)
2. 技術的範囲の属否: 自社製品は本当にその権利の範囲(クレーム)に入っているか?
🛡️ Pro
(専門家対応)
弁護士・弁理士へ相談【対抗策の検討】
ここからはプロの領域です。「侵害していない」という論理構築や、逆に**「相手の特許を無効にする(無効審判)」**というカウンター攻撃の可能性を探ります。
結論ダメージコントロールこの初動の「冷静さ」と「時間稼ぎ(適切な検討期間の確保)」こそが、会社の損失を最小限に抑えます。

ポイントの解説:なぜ「即答」が命取りなのか

警告書への返答は、法的な**「将棋の一手目」**と同じです。

もし、法務担当者が焦って「すみません、すぐに対処します」とメールしてしまうと、後で弁護士が「実は相手の特許は無効だった(自社は悪くなかった)」と気づいても、**「でも、最初は非を認めていましたよね?」**と突っ込まれます。
これによって、賠償責任が生じるわけではありませんが、相手からすれば態度を急変させたとみえるため、交渉活動は難航するおそれがあります。

法務担当者の役割は、**「何も言わずにボール(回答期限)だけ預かり、裏で完璧な作戦を立てること」**にあります。


5. まとめ:法務は会社の「防波堤」

「他社の権利を侵害しない」
言葉にすると簡単ですが、これを徹底するには、開発・営業・広報すべての部署に対して「リーガルマインド」を植え付ける必要があります。

口うるさいと言われても構いません。
「この画像、権利処理済んでますか?」
「この機能、他社の特許大丈夫ですか?」

その一言をかけ続けられる法務担当者だけが、会社を倒産のリスクから守ることができるのです。

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