「大企業で法務の経験を積んだので、次はベンチャーで力を試したい」
「法律事務所での受動的な業務に飽きた。もっとビジネスに入り込みたい」
そう意気込んでベンチャー企業に転職したものの、半年も経たずに「カルチャーが合わない」と退職してしまう法務人材は後を絶ちません。 彼らに能力がなかったわけではありません。
「マインドセット(思考様式)」のチューニングができていなかったのです。
ベンチャー企業、特にスタートアップの法務に求められるのは、法律の知識量ではありません。 カオスな環境を楽しみ、ビジネスを加速させるための「4つの資質」について解説します。
1. 「評論家」ではなく「建築家」になれるか

大企業や法律事務所では、完成されたビジネスモデルや契約書があり、法務の仕事は「そのアラ探し(レビュー)」が中心になりがちです。 しかし、ベンチャーには**「そもそも契約書のひな形がない」「誰もやったことのないビジネスモデル」**という状況が日常茶飯事です。
「ないものは自分で作る」「リスクを指摘するだけでなく、橋を架ける」。
この**「クリエイター気質」**こそが、ベンチャー法務の第一条件です。
「ダメ出し」は誰でもできる。「代案出し」ができるか?
大企業では「既存のビジネスを守る(守城)」のが法務の仕事ですが、ベンチャーでは「新しいビジネスを創る(築城)」のが仕事です。
ここを履き違えると、「あの法務はビジネスの邪魔ばかりする」と疎まれ、社内で孤立します。
| 業務シーン | ① 向いていない「評論家」タイプ(Reviewer / 他人事) | ② 向いている「建築家」タイプ(Creator / 当事者) | 生み出される価値(ベンチャーでの評価) |
| 新規事業の相談 (法規制の壁) | 「業法違反の可能性があります。リスクが高いので推奨できません」 ※リスクを指摘してボールを投げ返す。「で、どうすればいいの?」という現場の問いに答えない。 | 「直球だと違法ですが、スキームを『委託』から『仲介』に変えれば適法です。その代わり規約にこの3点を入れましょう」 ※法規制を回避する迂回路(ブリッジ)を設計し、図解して提案する。 | 【0→1の実現】 不可能と思われたビジネスモデルを、法的な裏付けを持って「実行可能」な状態にします。 |
| 契約書の作成 (ひな形がない) | 「前例がないので、まずは事業部で要件をまとめてドラフトを作ってください」 ※「自分はチェックする人」というスタンス。素人に契約書を書かせようとする。 | 「まだ世にない契約ですね。企画会議の内容から骨子を作りました。著作権の扱いだけ特殊なので、A案とB案を用意しました」 ※会議のメモから、その晩にゼロから契約書を書き上げる。 | 【スピードと品質】 事業部が悩み続ける時間をゼロにし、かつ最初からプロ品質の契約書で交渉をスタートできます。 |
| トラブル対応 (クレーム発生) | 「現場の確認不足が原因ですね。マニュアルを徹底させてください」 ※起きた火事の原因を分析し、現場を責めるだけ。消火活動には参加しない。 | 「まず私がお客様に謝罪文を書きます。並行して、二度と同じミスが起きないよう、注文システムの入力必須項目を改修しましょう」 ※泥をかぶって火を消しに行き、さらにシステム(仕組み)自体を再設計して解決する。 | 【再発防止の自動化】 精神論ではなく「仕組み(アーキテクチャ)」を変えることで、恒久的な解決をもたらします。 |
| 利用規約の作成 (UI/UX) | 「免責条項が重要なので、登録画面に全文表示させてください」 ※法律論を優先し、ユーザー体験(UX)を無視した使いにくい画面を強要する。 | 「全文表示は離脱率が上がりますね。重要な3点だけ要約して大きく表示し、詳細はリンクに飛ばす『みなし合意』設計にしましょう」 ※法的効力と使いやすさ(コンバージョン)のバランスをデザインする。 | 【売上への貢献】 法務がユーザー体験を阻害せず、むしろスムーズな成約を後押しする存在になります。 |
法務=クリエイター(創造職)
この「建築家」マインドを持つ法務担当者は、単なる管理部門ではありません。
エンジニアがコードでプロダクトを作るように、**「言葉と論理(ロジック)でビジネスの骨組みを作るクリエイター」**です。
ベンチャー企業が喉から手が出るほど欲しいのは、後者の人材です。
2. 「100点の安心」より「60点のスピード」を選べるか

法務のプロとして、リスクをゼロにしたい気持ちは分かります。しかし、ベンチャーにおいて**「スピード」は生存そのもの**です。 1週間の審査待ちの間に、競合他社にシェアを奪われたら、その会社は死にます。
致命的なリスク(刑事罰、許認可取消、巨額賠償)は絶対に止める。しかし、軽微なリスク(契約書の文言の揺らぎなど)は**「ビジネスインパクト」と天秤にかけて、あえて目をつぶる**。 この**「リスクテイクの判断」ができる胆力**が求められます。
ベンチャー法務の真価は、**「法的には100点だが、ビジネスとしては0点(遅すぎて無意味)」**という悲劇を避けることにあります。
石橋を叩く暇があったら渡れ。「リスクテイク」の判断基準表
「完璧な契約書」を作るために1週間かけるなら、「及第点の契約書」で今日サインして、キャッシュを確保する。
この優先順位の切り替えこそが、生存競争を勝ち抜く鍵です。
| 業務シーン・判断対象 | ① 伝統的な「100点の安心」(石橋を叩いて壊す法務) | ② ベンチャー流「60点のスピード」(走りながら直す法務) | 判断のロジック(なぜ60点でいいのか) |
| 契約書の修正 (些末な文言) | 「『管轄裁判所』が東京ではないので修正依頼します」 「『甲・乙』の表記ゆれを統一します」 ※どうでもいい形式的修正のために、ラリーを1往復(数日)増やす。 | 「損害賠償の上限と知財の帰属さえ守れていれば、誤字や管轄は相手の案でOK。今日サインさせましょう」 ※致命傷(Fatal)以外はすべて目をつぶり、成約スピードを最優先する。 | 【機会損失の回避】 契約締結が1日遅れるごとの「売上損失」と、誤字による「リスク」を比較すれば、前者の損失の方が圧倒的に大きいからです。 |
| 新規サービスの規約 (ローンチ直前) | 「あらゆるトラブルを想定して条文を網羅しないと、リリースできません」 ※発生確率0.1%のレアケースまで議論し、リリース日を延期させる。 | 「『免責』と『禁止事項』のコア部分は完璧です。細かい運用ルールは、サービス開始後のユーザー動向を見て来月改定しましょう」 ※まずはβ版として出し、実際のトラブルに合わせて規約を「育てて」いく。 | 【アジャイル法務】 誰も使っていないサービスの完璧な規約を作るより、まずはユーザーを獲得し、フィードバックを得ることの方が生存に直結します。 |
| 広告表現のチェック (グレーゾーン) | 「景表法のリスクがゼロではないので、このキャッチコピーは不採用です」 ※安全策を取りすぎて、誰の心にも響かない平凡な広告にしてしまう。 | 「確かにグレーですが、注釈(打ち消し表示)を大きくすればリスクは下がります。撤去命令が出たら即差し替える準備をした上で、GOしましょう」 ※「即死(課徴金・逮捕)」でなければ、修正対応コストを許容して攻める。 | 【リスク・リターン】 「行政指導を受けるリスク」と「シェアを奪取するリターン」を天秤にかけ、経営判断としてリターンを選ばせます。 |
| 社内規定の整備 (ルール作り) | 「上場企業並みの『旅費規程』や『慶弔規程』を完備してから採用しましょう」 ※社員5人の段階で、大企業の重厚なルールを持ち込み、運用を回らなくする。 | 「今は『性善説』で回しましょう。最低限の『就業規則』だけ作り、細かいルールは問題が起きてから都度制定します」 ※ガチガチに管理するコストを省き、事業成長にリソースを全振りする。 | 【フェーズ適合】 社員10人と100人では必要な装備が違います。今のフェーズに不要なルールは、ただの「足かせ」です。 |
「胆力」とは「責任を取る覚悟」
60点でGOを出すことは、100点を目指すよりも勇気が要ります。なぜなら、残り40%のリスクが顕在化した時に「お前のせいだ」と言われる可能性があるからです。
しかし、ベンチャー法務(建築家タイプ)はこう言います。
「この契約書でトラブルになったら、私が解決策を考えます。だから社長は、今日サインしてきてください」
この一言が言えるかどうかが、プロの法務と、単に法律知識がある者の分かれ道です。
3. 未知の領域への「知的好奇心」があるか

ベンチャー企業は、AI、ブロックチェーン、ドローン、宇宙など、法律が追いついていない領域で戦っています。 「判例がないので分かりません」と言うのは簡単ですが、それでは仕事になりません。
向いているのは、新しい技術やトレンドに対して、 「面白そう! 仕組みはどうなってるの? どの法律が関係しそう?」 と、子供のように目を輝かせて食いつける人です。
エンジニアや事業部長と飲みに行き、技術の裏側を聞き出すのが苦にならない。そんな**「法務 × テック」「法務 × ビジネス」の掛け算**を楽しめる人が、最強のベンチャー法務になります。
「判例がない?」なら作ればいい。未知を楽しむ「法務 × テック」の思考法
「エンジニアが何を言っているか分からない」と嘆く法務担当者は多いですが、最強の法務は**「むしろエンジニアと話すのが一番楽しい」**と言います。
なぜなら、最先端の技術仕様の中にこそ、**法律の抜け穴(適法なロジック)**が隠されているからです。
| 技術・領域テーマ | ① 向いていない「思考停止」タイプ(判例がない=リスク=NG) | ② 向いている「知的好奇心」タイプ(判例がない=チャンス=深掘り) | 好奇心が生む「ビジネス価値」(ブレイクスルー) |
| 生成AI (著作権・学習データ) | 「著作権侵害のリスクがあるので、社内での利用は禁止します」 ※「AIは怖いもの」と決めつけ、一律禁止で蓋をする。 | 「このモデルはRAG(検索拡張生成)だよね? 入力データが学習に回らない設定にできるなら、むしろ情報漏洩リスクは低いよ。APIの規約確認した?」 ※技術的な「仕組み」を理解し、安全な利用ルートを特定する。 | 【業務効率の爆増】 リスクをコントロールしながら全社導入を実現し、他社が足踏みしている間に生産性を倍増させる。 |
| ブロックチェーン (NFT・DAO) | 「暗号資産は金融庁の規制が厳しいし、税制も複雑なので無理です」 ※「仮想通貨=怪しい」というイメージだけで拒絶反応を示す。 | 「これって『決済手段』じゃなくて『会員権(ユーティリティ)』だよね? それなら資金決済法の適用外にできるかも。スマートコントラクトのコード、どうなってる?」 ※トークンの「性質」を技術的に分解し、規制の及ばない設計を見つけ出す。 | 【新市場の開拓】 法規制の壁を技術的な定義変更でクリアし、競合が参入できないブルーオーシャンに一番乗りする。 |
| ドローン・自動運転 (航空法・道交法) | 「法律で禁止されているので、公道での実験は不可能です」 ※条文の「原則禁止」だけを読み、例外を探そうとしない。 | 「GPSじゃなくて『LiDAR(センサー)』で制御してるなら、もっと安全性を証明できるね。これを経産省に見せて、サンドボックス制度(特例)を申請しよう!」 ※技術的な安全性を武器に、国と交渉して「自社だけの特例」を勝ち取る。 | 【ルールメイキング】 既存の法律に従うだけでなく、新しい技術に合わせて「法律の方を変えさせる」実績を作る。 |
| エンジニアとの対話 (コミュニケーション) | 「専門用語ばかりで分かりません。日本語で説明してください」 ※理解する努力を放棄し、壁を作る。エンジニアも相談に来なくなる。 | 「その『API連携』って具体的にどんなデータが飛ぶの? へぇ、面白い! それなら個人情報保護法はクリアできそうだね。飲みながらもっと教えて!」 ※分からないことを面白がり、懐に入ることで、開発の初期段階からリスクを潰せる。 | 【信頼とスピード】 「法務は話が分かる」と信頼され、企画段階から相談が来るようになり、手戻りがなくなる。 |
なぜ雑談が最強の武器なのか?
エンジニアや事業部長は、会議室では言えない「本音の仕様(本当はこうしたい)」を持っています。
「法務 × ビジネス」を楽しめる人は、雑談の席でこう聞きます。
「ぶっちゃけ、今の法律がなかったら、どんな機能を実装したいですか?」
この質問から出てきた答えこそが、その会社の**「コア・バリュー(競争力の源泉)」です。
それを聞き出したら、翌朝、「その夢を、どうやったら合法的に実現できるか」**を必死に調査する。
「面白そう!やってみましょう!」と言える法務担当者が一人いるだけで、ベンチャーの成長速度は劇的に変わります。
4. 「カオス(混沌)」を楽しめるか
ここが最大の分かれ目かもしれません。 ベンチャー企業は、朝令暮改の世界です。昨日決まった方針が、今日の夕方にはひっくり返ることもあります。管理部門のルールも未整備で、泥臭い雑務も山のように降ってきます。
- 整った環境で働きたい人: 「話が違う」「ルールがないなんて信じられない」とストレスを溜めてしまいます。
- 整えることに快感を覚える人: **「めちゃくちゃだからこそ、自分の手で仕組みを作れるチャンスだ」**とワクワクできる人。
「会社という未完成のパズル」を完成させていくプロセス自体に喜びを感じられるなら、あなたは間違いなくベンチャー向きです。
整備された「道路」を走りたいか、道なき「ジャングル」を切り開きたいか
ベンチャー企業は、未完成のパズルです。ピースは足りないし、絵柄も変わるし、そもそも机がガタガタです。
「なんで揃ってないんだ!」と怒るか、「よーし、俺がピースから作ってやるか」と笑えるか。ここが運命の分かれ道です。
| カオスな状況・シーン | ① 整った環境を求める人(ストレス・不満 ⇒ 退職予備軍) | ② カオスを楽しめる「開拓者」(ワクワク・貢献 ⇒ 幹部候補) | 脳内変換のロジック(なぜ楽しめるのか) |
| 朝令暮改 (方針が1日で変わる) | 「話が違います!昨日の作業が無駄になりました」 ※変更を「徒労」と捉え、経営陣への不信感を募らせる。 | 「なるほど、市場の変化に合わせてピボットしたんですね。じゃあ、契約スキームもB案に切り替えます!」 ※変更を「進化」と捉え、高速で対応することにゲーム性を感じる。 | 【スピードへの適応】 「決まったことが変わる」のは、会社が生きようとしている証拠。その変化の波乗りを楽しめるか。 |
| ルール・前例なし (無法地帯) | 「マニュアルがないと動けません。誰に聞けばいいんですか?」 ※正解(レール)を探そうとして、立ち尽くしてしまう。 | 「ラッキー! 何もないなら、全部自分の好きなようにルールを作れるじゃん。今日から俺が法律だ」 ※「空白」を「自由なキャンバス」と捉え、理想の仕組みをゼロから設計する。 | 【オーナーシップ】 大企業では変えるのに3年かかる社内規定も、ベンチャーなら3日で制定・運用できます。この全能感は中毒になります。 |
| 泥臭い雑務 (法務以外の仕事) | 「私は法務の専門家です。オフィスの掃除やWifi設定なんてやりたくないです」 ※職務記述書(JD)にこだわり、自分の領域を限定する。 | 「Wifiが繋がらないと契約書も送れないしね。ついでにセキュリティ設定も強化しておきましたよ」 ※「会社が前に進むためなら何でもやる」という総合格闘技のスタンス。 | 【全体最適の視点】 雑務を通じて現場社員と仲良くなれば、結果として「法務への相談」もしやすい関係性が築けます。 |
| 突発的なトラブル (炎上・訴訟リスク) | 「なんでこんなことになるまで放っておいたんですか!(怒)」 ※他責思考で犯人探しをし、トラブルをただの「嫌なこと」として処理する。 | 「うわ、これは痺れる案件だね(笑)。この難局を無傷で着地させたら、伝説の武勇伝になるな」 ※トラブルを「経験値稼ぎのイベント」と捉え、解決プロセス自体を楽しむ。 | 【レジリエンス(回復力)】 平穏無事な毎日よりも、波乱万丈なドラマの中に身を置くことに「生きてる実感」を感じるタイプです。 |
まとめ:法務は「守りの盾」から「攻めの武器」へ
ベンチャー企業の法務は、単なる「バックオフィス(後方支援)」ではありません。 経営陣の隣で、法的な知識を武器に戦略を描く**「フロントオフィス(最前線)」**の仕事です。
「弁護士資格を持っている」「法務実務経験がある」 それはあくまでスタートラインに過ぎません。
そこから一歩踏み出し、**「ビジネスを創る当事者になりたい」**という熱いマインドセットを持っているなら、ベンチャー法務の世界は、あなたにとって最高の遊び場になるはずです。


