「社内規程なんて、ネットに落ちているひな形をコピペして、日付だけ変えればいいんでしょう?」
IPO準備に入ったばかりの経営者や、経験の浅い管理部門スタッフから、よくこのような言葉を聞きます。 断言しますが、そのやり方では上場審査で確実に炎上します。
上場審査において社内規程が重視される理由は、それが**「会社が組織として自律的に動いていることの証明書」**だからです。
「社長が決めたからOK」という属人的なベンチャー経営から、「ルールに基づいて誰でも判断できる」というパブリック・カンパニーへの脱皮。
そのためのOS(オペレーションシステム)作りこそが、法務に課せられた規程整備の正体です。
今回は、膨大な規程群をどう整備し、運用に乗せていくか、その戦略的プロセスを解説します。
1. 規程には「階層」がある。まずは全体像を掴む
やみくもに作り始める前に、社内規程の全体像を理解する必要があります。規程類は、その重要度と影響範囲によって、ピラミッドのような階層構造になっています。

① 最上位規範(定款・基本原則)
会社の憲法である「定款」や、企業理念などがここにあたります。株主総会の決議が必要な最重要事項です。
ここにあるルールは、社長の一存では変えられません。株主(オーナー)の合意が必要な、会社という組織の「骨格」です。
すべての社内規程やマニュアルは、この定款に違反してはならず、もし違反すれば下位規程は社内的に無効となります。
| 項目(定款の記載事項) | 具体的な内容・文言例 | 経営への影響・リスク(なぜ最上位なのか) |
| 事業目的 (何をする会社か) | 「1. ソフトウェアの開発販売 2. 飲食店の経営」 ※ここに書いていない事業は、原則として行えません(権利能力の範囲外)。 | 【銀行融資・許認可の壁】 新規事業を始める際、定款に記載がないと法人口座が作れなかったり、許認可が下りなかったりします。変更には登記費用がかかります。 |
| 株式の譲渡制限 (誰が株を持てるか) | 「当会社の株式を譲渡するには、株主総会の承認を要する」 ※中小・ベンチャーでは必須の条項です。 | 【乗っ取り防止の最後の砦】 これがなければ、創業メンバーが株を勝手に第三者へ売却し、見ず知らずの人間が経営に入り込むのを防げません。 |
| 発行可能株式総数 (株の限界数) | 「当会社の発行可能株式総数は、100万株とする」 ※世の中に出せる株のチケット枚数の上限です。 | 【資金調達のストッパー】 上限ギリギリまで株を発行していると、急な増資(投資受け入れ)ができません。枠を広げるには株主総会が必要です。 |
| 機関設計 (誰が決めるか) | 「当会社は取締役会および監査役を設置する」 ※会社の意思決定機関の構成です。 | 【IPO・ガバナンスの要】 取締役会を置くか置かないかで、決裁スピードや監査の厳格さが変わります。上場を目指すなら必須の変更事項です。 |
法務のポイント:なぜ「最強」なのか?
定款の変更には、株主総会での**「特別決議(3分の2以上の賛成)」**が必要です。
下位のルール(就業規則など)は社長や取締役会で変えられますが、定款だけは「株主」の許可がないと指一本触れられません。
だからこそ、起業時や資金調達時に適当なひな形(ネットで拾った定款)をそのまま使うと、後で**「株主が集まらず定款変更できない=経営がロックする」**という事態を招きます。
② 基本規程(組織・運営の根幹)
取締役会規則、組織規程、職務分掌規程、就業規則など。 「誰がどのような権限で会社を動かすのか」を決めるルールです。ここが曖昧だと、すべての業務が根無し草になります。
定款が「国の憲法」なら、基本規程は「法律」にあたります。
「社長が全部決める」という創業期を脱し、組織として機能させるために不可欠なルール群です。
| 規程の種類 | 定める内容(Who & What) | 規程がない(曖昧な)場合のリスク・混乱 |
| 取締役会規則 (経営陣の会議ルール) | 「重要事項の決議」 例:いくら以上の借入なら取締役会の決議が必要か(例:1件5,000万円以上など)。 | 【独断専行と無効リスク】 社長が独断で決めた巨額融資やM&Aが、後から他の役員に「取締役会を通していないから無効だ」と訴えられ、契約自体が覆る恐れがあります。 |
| 職務権限規程 (決裁のルール) | 「誰がハンコを押せるか」 例:部長は100万円まで、本部長は500万円まで決裁(サイン)できる。 | 【越権行為とガバナンス欠如】 現場の部長が勝手に数千万円の契約を結んでしまい、後から請求書を見て経理が青ざめる事態が発生します。 |
| 職務分掌(ぶんしょう)規程 (仕事の守備範囲) | 「どの部署が担当するか」 例:営業部が「販売」、総務部が「契約管理」、開発部が「保守」を行う。 | 【ポテンヒットと責任の押し付け合い】 「クレーム対応は営業だ」「いや開発だ」と揉めたり、逆に誰もボールを拾わず重要なタスク(契約更新など)が漏れたりします。 |
| 就業規則 (社員との労働契約) | 「働くルールとペナルティ」 例:労働時間、休日、解雇事由、懲戒処分(減給・出勤停止)。 | 【モンスター社員への対抗不能】 横領やセクハラをした社員を解雇したくても、「どんな時に解雇されるか」が明記されていないと、不当解雇で訴えられたら100%負けます。 |
特に重要:「決裁権限基準表」の作成
上記の規程の中でも、実務で毎日参照されるのが**「決裁権限基準表(権限一覧表)」**です。「交際費」「採用」「契約締結」などの項目ごとに、
といった金額ラインを明確にします。これこそが、ベンチャーが「商店」から「企業」に変わるための境界線です。
③ 業務規程・マニュアル(実務のルール)
稟議規程、購買管理規程、経理規程、コンプライアンス規程など。 日常業務におけるお金や契約の流れをコントロールする、内部統制(J-SOX)の要となる部分です。
基本規程で決めた権限を、日常業務(ワークフロー)に落とし込むためのルールです。
これらがないと、発注担当者が独断で友人の会社に発注したり(癒着)、架空の経費請求が横行したりと、**会社が内部から腐る原因(内部統制の不備)**になります。
| 規程の種類 | 定める具体的なルール(To Do) | 規程がない(ザル運用)場合のリスク・不正 |
| 稟議(りんぎ)規程 (意思決定のプロセス) | 「決裁の証拠を残す」 契約や出費の前に、起案書を作成し、上長・役員の承認印をもらう手順を定めます。 | 【言った言わないの泥沼】 口頭指示だけで動くと、失敗した時に「そんな指示はしていない」と責任転嫁が起きたり、退職後に経緯が不明になります。 |
| 購買管理規程 (買い物のルール) | 「相見積(あいみつ)の義務化」 例:10万円以上の発注は3社から見積もりを取り、最安または最適な業者を選ぶ。 | 【キックバック(中抜き)と横領】 担当者が特定の業者と癒着し、水増し請求させて差額を懐に入れる(キックバック)不正の温床になります。 |
| 経理規程 (お金の処理ルール) | 「領収書の期限と承認」 例:経費精算は翌月5日まで。交際費は相手先と目的の記載を必須とする。 | 【私的流用の放置】 家族との食事代を経費に入れたり、タクシーチケットを私用で使ったりする「公私混同」が常態化し、税務調査で否認されます。 |
| コンプライアンス規程 (法令遵守のルール) | 「反社チェックと通報窓口」 新規取引先のバックグラウンド調査や、社内不正の通報ルート(内部通報制度)を設置します。 | 【黒い交際と企業の死】 気づかずに反社会的勢力と取引してしまい、銀行取引停止や上場廃止に追い込まれるリスクがあります。 |
内部統制(J-SOX)の要は「内部牽制(けんせい)」
業務管理規程の最大の目的は、「起案する人」と「承認する人」と「支払う人」を分けることです。
- 営業部(起案):このシステムを買いたい
- 法務部(審査):契約書に問題ないかチェック
- 本部長(決裁):予算内で許可する
- 経理部(支払):請求書に基づき振り込む
このリレー形式(職務分掌)が規程で担保されて初めて、社内の人間が相互に監視することが可能となり、不正ができない仕組みが完成します。
【失敗事例】職務分掌(リレー)が崩壊したときのリスク
| 失敗パターン | 崩壊したプロセス(誰が何をしたか) | 発生するリスク・結末 |
| 1. 全権掌握 (最悪のケース) | 「起案」+「決裁」+「支払」= 同一人物 営業担当者が自分で発注し、自分で承認し、自分で送金操作まで行った。 | 【横領・架空取引】 架空の取引先(自分のペーパーカンパニーなど)にお金を流しても、誰も気づけません。会社のお金を私的に使い込み放題になります。 |
| 2. 法務スキップ (暴走) | 「法務」のチェックを飛ばして契約 「急いでいるから」と、営業部が勝手に相手の言いなりの契約書でハンコを押した。 | 【不利な契約・損害賠償】 後にトラブルになった際、「解約できない」「莫大な違約金」などの地雷条項が発覚。会社に巨額の損失を与えます。 |
| 3. なあなあ承認 (機能不全) | 「決裁」が形骸化(ノーチェック) 本部長が中身を見ずに、部下が持ってきた書類に盲判(めくらばん)を押した。 | 【予算超過・無駄遣い】 本来不要なシステムや、相場より高い買い物が通ってしまいます。また、不正(キックバックなど)の温床になります。 |
| 4. 共謀(きょうぼう) (癒着) | 「起案者」と「支払者」がグルになる 営業担当と経理担当が結託し、偽の請求書を処理して着服した。 | 【組織的詐欺】 異なる部署で牽制し合うはずが、協力関係になると防ぐのが困難になります。これを防ぐには「定期的な人事異動(ジョブローテーション)」が必要です。 |
解説:なぜ「性悪説」で仕組みを作るのか
この表が示すのは、**「人は魔が差す生き物である」**という前提(性弱説・性悪説)です。
内部統制(J-SOX)において、「起案・承認・記録・資産の保全」を分ける本当の理由は、社員を疑っているからではありません。**「社員に犯罪者になる機会を与えないため(社員を守るため)」**です。
もし「一人が全プロセスを行える状態」にあれば、借金などで個人的に追い詰められた際、つい手を出してしまうかもしれません。しかし、リレー形式になっていれば、「他人の目があるから無理だ」と踏みとどまることができます。
2. 審査担当者が見抜く「コピペ規程」の3つの矛盾

証券会社の審査担当者はプロです。他社のひな形を適当にコピペした規程は、一瞬で見抜かれます。特に以下のポイントは厳しく突っ込まれます。
矛盾その① 「実態」と合っていない
- 規程には「部長の承認が必要」と書いてあるのに、実際は部長職が存在せず、社長が直接承認している。
- 「購買申請書を提出する」とあるのに、実際はSlackで「これ買っていいですか?」と聞いているだけ。
「あるのに守っていない」が一番罪深い! 規程と実態の乖離(ゾンビ化)事例
「規程がない」のは単なる準備不足ですが、「規程があるのに守っていない」のは『安全配慮義務違反』や『善管注意義務違反』という、会社側の怠慢(悪意)の証明になります。
特に、ネットのひな形をコピペして作った「背伸びした規程」でよく起こる現象です。
| 規程の記載(建前・理想)※大企業のひな形そのままで運用 | 現場の実態(本音・現実)※ベンチャーのリアルな運用 | 法務・監査上のリスク(なぜ「ルールなし」より悪質か) |
| 組織・権限 | 「部長の決裁を経て、社長が承認する」 ※まだ社員5人しかいないのに、架空の役職(部長)がルートに含まれている。 | 【内部統制の不備】 「実際は社長のワンマン決裁」であることが露見すると、規程違反が常態化しているとみなされ、IPO審査で「運用実績なし」と突き返されます。 |
| 購買・経費 | 「所定の『購買申請書』に押印し提出」 ※そんな書類フォーマットは社内のどこを探しても存在しない。 | 【証憑(しょうひょう)なし】 実際はSlackで「これ買っていいですか?」「OK」で済ませているため、税務調査や監査で「支出の正当なプロセス」を証明できません。 |
| 勤怠・労務 | 「始業9時・終業18時、休憩1時間」 ※フレックス制を導入しているつもりだが、規程を変えていない。 | 【未払い残業代の温床】 実態は自由な時間に働いていても、規程上は「9時〜18時以外はすべて残業」とみなされ、莫大な残業代を請求される隙を作ります。 |
| 情報セキュリティ | 「パスワードは毎月変更し、複雑な文字列とする」 ※運用が面倒すぎて誰も守っていない。 | 【重過失の認定】 情報漏洩が起きた際、「高度なルールを自ら定めておきながら放置した」として、会社側の管理責任(重過失)が厳しく問われ、賠償額が跳ね上がります。 |
法務の鉄則:「守れないルールなら、作らない方がマシ」
「背伸び」をして立派すぎる規程を作ると、現場は必ずルールを無視し始めます。
一度「ルールを破っても怒られない」という空気が蔓延すると、本当に守るべき「コンプライアンス規程」や「反社チェック」まで軽視されるようになります(割れ窓理論)。
ベンチャー法務の正解:
100点のひな形をコピペするのではなく、**「今の自分たちが確実に守れる60点のルール」**を自作し、成長に合わせて改定していくことです。
矛盾その② 規程間の「不整合」
- 「職務権限規程」では課長の決裁限度額が10万円なのに、「稟議規程」では30万円になっている。
複数のひな形を継ぎ接ぎすると、こうした矛盾が頻発します。法務担当者は、規程全体を横串でチェックし、用語の定義や数字の整合性を整える役割があります。
ひな形の継ぎ接ぎが招く悲劇! 規程間の「矛盾・不整合」事例集
部署ごとに勝手に規程を作ったり、作成時期がバラバラだったりすると、同じ会社なのにルールが対立する「ねじれ現象」が起きます。
これは現場を混乱させるだけでなく、**「会社として意思統一ができていない」**とみなされ、監査や訴訟で極めて不利になります。
| 不整合のテーマ | ① 規程Aでの記述(古い・あるいは別のひな形) | ② 規程Bでの記述(新しい・あるいは現場ルール) | 現場の混乱・法的リスク(どっちに従えばいいの?) |
| 決裁権限 (ご提示の例) | 【職務権限規程】 「課長の決裁限度額は10万円とする」 | 【稟議規程】 「課長は30万円未満の案件を専決できる」 | 【越権行為の発生】 課長が「稟議規程」を信じて20万円の発注を行い、後から経理(権限規程派)に突き返され、支払いが止まるトラブルに発展します。 |
| 社員の定義 (適用範囲) | 【就業規則】 「従業員とは、正社員、契約社員およびパートを指す」 | 【給与規程・退職金規程】 「従業員には、賞与および退職金を支給する」 (※対象を限定し忘れている) | 【給与未払い請求】 規程Bで「正社員に限る」と書き忘れたため、定義上はパート社員にも退職金やボーナスを払わなければならない義務が生じます。 |
| ハンコと電子契約 (DXの遅れ) | 【文書管理規程】 「契約書には代表印を押印し、原本を保管する」 | 【電子署名管理規程】 「クラウドサイン等の電子署名をもって締結とする」 | 【契約の有効性懸念】 「文書規程(上位)が優先だ」と主張する監査役により、電子契約が無効扱いされたり、社内承認が下りない事態になります。 |
| 用語の定義 (役職名など) | 【組織図・組織規程】 「リーダー」「マネージャー」という呼称を使用。 | 【賃金規程】 「係長」「課長」の手当額のみ記載。 | 【手当の計算不能】 「マネージャーは課長扱いなのか?」という紐付け(定義)がどこにも書かれておらず、手当をいくら払えばいいか誰も分かりません。 |
法務担当者の腕の見せ所:「用語の統一」と「優先順位」
こうした矛盾を防ぐために、法務は以下の2点を行います。
- 用語の定義(Definition)を揃える
- 「当社において『社員』とは何を指すか」を定義し、全規程で統一します。
- 優先順位(Priority)を決める
- 「本規程と他の規程が矛盾する場合は、本規程を優先する」という条文(優先規定)を入れ、矛盾が起きた時の逃げ道を作っておきます。
結論:
規程作りは「パズル」です。1ピース(ひとつの規程)だけ見ていては完成しません。
全体図(体系)を見ながら、整合性を整える作業こそが、法務担当者の最も地味で、最も重要な仕事です。
矛盾その③ 「改廃手続き」が不明確
規程を作った日(制定日)や、変更した日(改定日)、そしてその変更を「誰が承認したのか(取締役会決議など)」の履歴管理が重要です。 いつの間にかファイルの中身が変わっているような管理状態では、内部統制として認められません。
規程における「履歴」は、単なる記録ではありません。「いつの時点で、どんなルールが適用されていたか」を証明する、裁判における最重要証拠です。
いつの間にかルールが変わっている? 「改廃履歴」の管理不備とリスク
WordやGoogle Docsで規程を管理している企業でよく起きるのが、担当者が良かれと思って勝手に数字や誤字を直してしまう「サイレント修正」です。
これにより、**「どのバージョンが正本(正しいルール)なのか」**が分からなくなり、内部統制監査で「不合格(不備)」の判定を食らいます。
| 管理状況(NG例) | 具体的なアクション(やってはいけないこと) | 内部統制・法務上の致命的リスク |
| ① サイレント修正 (履歴なしの更新) | 「誤字を見つけたから直しておこう」 担当者が上長の承認や記録を残さずに、サーバー上のファイルを直接上書き保存した。 | 【改ざん・変造の疑い】 「誰がいつ書き換えたか」が証明できないファイルは、証拠能力がありません。「都合の悪い部分を後から消したのでは?」と疑われます。 |
| ② 過去バージョンの紛失 (最新版のみ保存) | 「古いファイルは邪魔だから消した」 改定後の新しい規程だけを残し、改定前の古いデータを削除・上書きしてしまった。 | 【労務トラブルで敗訴】 「3年前の未払い残業代」を請求された際、**「3年前当時のルール(給与規程)」**を提示できなければ、会社は反論の根拠を失います。 |
| ③ 権限の不一致 (手続き違反) | 「社長がいいって言ったから」 本来は「取締役会」で決めるべき規程の変更を、議事録を残さず、社長の口頭指示だけで変更した。 | 【改定の無効】 上位ルール(定款など)で定めた正しい手続き(決議)を経ていない改定は、法的に無効です。そのルールに基づく解雇や減給も無効になります。 |
| ④ 施行日の曖昧さ (いつから有効か不明) | 「今日から変えておいて」 ファイルの中身は変えたが、**「〇年〇月〇日施行」**という日付の指定がない。 | 【適用の混乱】 「昨日の契約には、新しいルールが適用されるのか?」という境界線が曖昧になり、取引先や社員とのトラブルになります。 |
正しい管理手法:「附則(ふそく)」による履歴管理
規程の最後には、必ず**「附則」**というコーナーを設け、日記のように変更履歴を残すのが法務の鉄則です。
(記載例)
附則
- 本規程は、2020年4月1日より制定・施行する。
- 本規程は、2022年10月1日より改定・施行する。(取締役会決議日:2022年9月25日)
- 本規程は、2025年4月1日より改定・施行する。(担当部署名の変更)
法務のTodo:
3. 最重要は「稟議(りんぎ)」と「職務分掌」
IPO審査において、特に重点的に見られるのが**「意思決定プロセス」**です。
この3点セットが有機的に機能しているかが勝負です。 「社長、これ契約していいですか?」「いいよ」という口頭やチャットでのやり取りを卒業し、「起案→査閲→承認→決裁」というワークフローをシステム上で回し、その証跡(ログ)を残す体制を構築しましょう。
上場審査において、証券会社や監査法人は**「社長がいなくなっても、この会社は不正なく回るか?」**という点を徹底的に見ます。その答えがこの3点セットです。
IPO審査の合否を分ける「内部統制3点セット」の連携
「誰が(分掌)、いくらまで(権限)、どうやって決めるか(稟議)」。
この3つがバラバラではなく、歯車のように噛み合って動いている状態(有機的な機能)が求められます。
| 規程の種類 | 役割・定義 | IPO準備前の実態(NG例)「社長の口頭決済」 | IPO基準の運用(OK例)「システムによる統制」 |
| ① 職務分掌規程 (担当の割り振り) | 「誰が起案するのか」 各部署の業務範囲を明確にし、責任の所在をはっきりさせる。 | 【全員が何でも屋】 「手が空いている人がやる」状態。営業が勝手に仕入れを行い、請求書も自分で処理している(不正の温床)。 | 【相互牽制(けんせい)】 「営業(起案)」と「経理(支払)」を別人・別部署に分けることで、一人で不正ができない仕組みを作る。 |
| ② 職務権限規程 (決裁の金額枠) | 「誰が承認するのか」 役職ごとの決裁限度額(お金の権限)を定義する。 | 【社長の独裁】 1万円の備品も、1億円の契約も、すべて社長の「いいよ」の一言で決まる。部長に権限がない。 | 【権限の委譲】 「10万円未満は課長」「100万円未満は部長」と権限を下ろし、社長は経営判断に集中する体制にする。 |
| ③ 稟議(りんぎ)規程 (決定のプロセス) | 「どう記録を残すか」 起案から決裁までのルートと、判断理由を文書(ログ)で残す。 | 【チャットで事後報告】 Slack等の「これ買います」「OK」のログのみ。なぜ必要か、相見積もりは取ったかが不明。 | 【ワークフローの確立】 「起案→上長査閲→予算管理確認→決裁」のパスをシステム上で回し、日時と承認者のログを改ざん不能な状態で残す。 |
「チャット承認」からの卒業:証跡(ログ)が命
IPO審査では、過去の取引について「なぜこの業者を選んだのか?」「なぜこの金額なのか?」とランダムに突っ込まれます。この時、Slackのスクショでは証拠として弱すぎます。
理想的なワークフロー(システム化)の流れ:
- 起案(担当者):
- 「職務分掌」に基づき、営業担当が申請。
- 相見積書や契約書案を添付し、選定理由を明記する。
- 査閲(直属上長・管理部):
- 内容の正当性や、予算内かどうかをチェック。
- 決裁(権限者):
- 「職務権限規程」に基づき、金額に応じた役職者(部長や取締役)が承認ボタンを押す。
- 記録(自動保存):
- いつ、誰が承認したかがシステムに刻まれる(監査証跡)。
4. まとめ:規程は「作る」ことより「周知する」ことが10倍難しい
完璧な規程を作っても、社員がそれを知らなければ意味がありません。 法務担当者の本当の仕事は、規程を製本して棚に飾ることではなく、「社内説明会」を開き、イントラネットに掲示し、運用レベルまで落とし込むことです。
「面倒くさい」「手続きが増えて動きにくい」と現場からは反発があるでしょう。 しかし、それを乗り越えて**「ルールに基づく経営」**を定着させた時、その会社は初めて「上場企業」としての資格を得るのです。
社内規程の整備は、地味ながらも、会社の背骨を作るクリエイティブな業務です。ぜひ、経営視点を持って取り組んでください。


