近年、法律事務所から事業会社、特に成長著しいベンチャー企業の法務(インハウスローヤー)へ転身する方が増えています。
「裁量を持って働きたい」「ビジネスの最前線で法務スキルを活かしたい」という志は素晴らしいものです。しかし、一言で「ベンチャー法務」と言っても、その内実は企業によって天と地ほどの差があります。
ここを見誤ると、「こんなはずじゃなかった」というミスマッチ(早期離職)に繋がりかねません。
今回は、複数のベンチャー法務を務める弁護士の視点から、**転職先選びで絶対に外せない「2つの重要判断軸」**について解説します。
軸1:企業の「成長フェーズ」を見極める

ベンチャー企業は生き物です。その企業が現在どのフェーズにいるかによって、求められる法務の役割、業務範囲、そして忙しさは全く異なります。
1. シード〜アーリー期(創業直後〜事業立ち上げ)
- 特徴: 法務部門が存在しない、あるいは1人目法務としての採用。
- 業務: 契約書レビューだけでなく、総務、労務、時には営業のサポートまで「何でも屋」としての動きが求められます。
- やりがい: ルールを0から作る面白さがあります。経営陣との距離は極めて近く、ビジネスへの介入度は最大です。
- 注意点: 整った環境はありません。カオスを楽しめるマインドが必要です。
2. ミドル〜レイター期(事業拡大〜IPO準備本格化)
- 特徴: IPO(新規上場)を見据え、内部統制の構築が急務となる時期。
- 業務: 規程の整備、コンプライアンス体制の構築、証券会社や監査法人対応など、緻密で正確な実務能力が求められます。
- やりがい: 「上場」という大きな目標に向かって、組織の骨格を作るダイナミズムがあります。
- 注意点: スピード感と管理体制のバランスを取るバランス感覚が問われます。
3. ポストIPO(上場後)
- 特徴: 社会的信用を得て、さらなる多角化やM&Aなどを進める時期。
- 業務: ガバナンスの強化、M&Aの法務デューデリジェンス、株主総会対応など、高度な専門性が求められます。
- やりがい: 大企業に近い規模感の仕事を、ベンチャー特有のスピード感で回すことができます。
ポイント: あなたが「泥臭くてもビジネスを作りたい」のか、「専門性を活かして体制を整えたい」のかによって、選ぶべきフェーズは明確に変わります。
企業フェーズ別:ベンチャー法務の業務・特徴比較表
読者が「今の自分はどこを目指すべきか?」を一目で判断できるよう、ミドル期(拡大期)、レイター期(IPO直前期)、**メガベンチャー(安定・成熟期)**を追加し、比較表にまとめました。
| フェーズ | 特徴 | 主な業務 | やりがい | 注意点 | 向いている人 |
| ①シード〜 アーリー期 (創業〜 事業立ち上げ) | 「法務部門なし・ 1人目法務」 ・組織図に法務枠がないことも多い。 ・経営陣の直下で動く。 | ・契約書レビュー(スピード重視) ・総務、労務、経理のサポート ・登記手続き、株主総会招集通知など ・まさに「何でも屋」 | ・ルールを0から作る面白さ ・経営陣と併走しビジネスを創る実感 ・圧倒的な裁量権 | ・整った環境は皆無。カオス耐性が必須。 ・法務以外の雑務も多い。 ・教育してくれる先輩はいない。 | 【開拓者タイプ】 自分で仕事を探し、泥臭いことも厭わない人。 |
| ②ミドル期 (事業拡大・ 組織化) | 「法務部門の 立ち上げ」 ・法務専任者が1〜2名になり、部門として機能し始める。 ・事業スピードと管理のバランス調整期。 | ・契約書のひな形作成・整備 ・社内規程の策定 ・事業部からの法務相談対応 ・コンプライアンス研修の実施 | ・組織が整っていく過程を体感できる ・無法地帯を整備し、リスクを減らす達成感 ・現場(事業部)との距離感が丁度良い | ・「営業の邪魔をするな」と言われる摩擦。 ・業務量が増え、リソース不足になりがち。 ・経営と現場の板挟みになることも。 | 【バランサータイプ】 攻め(事業)と守り(法務)の調整を楽しめる人。 |
| ③レイター期 <small>(IPO直前・ 予備軍)</small> | 「上場準備の 総仕上げ」 ・IPOに向けた体制整備が最優先。 ・監査法人や証券会社との折衝が激増する。 | ・上場審査対応(質問書への回答) ・内部統制(J-SOX)の運用 ・取締役会・株主総会の厳格な運営 ・有価証券報告書の作成支援 | ・IPOという祭りを当事者として経験 ・上場企業に相応しいガバナンス構築スキル ・市場価値(年収)が上がりやすい | ・管理業務が中心になり、堅苦しさが増す。 ・ミスが許されないプレッシャー。 ・上場延期になった時の徒労感。 | 【管理者タイプ】 緻密な作業やルールの徹底遂行が得意な人。 |
| ④メガベンチャー 上場後 (安定・ 多角化) | 「専門特化・ 分業体制」 ・法務部だけで数十名規模。 ・契約、コンプラ、紛争など役割が細分化。 | ・M&A、組織再編の法的スキーム検討 ・国際法務、海外訴訟対応 ・知的財産戦略 ・グループ会社のガバナンス管理 | ・大規模案件(M&A等)に関われる ・特定の法分野を極められる ・安定した環境で教育体制も整っている | ・業務が縦割りで、全体像が見えにくい。 ・社内政治や調整業務が発生する。 ・意思決定のスピードが遅くなる。 | 【スペシャリストタイプ】 特定分野の専門性を深めたい、安定志向の人。 |
各フェーズの「転職市場価値」
軸2:経営陣が法務をどう捉えているか(「攻め」か「守り」か)

フェーズ以上に重要なのが、その会社の経営陣(特にCEO)の「法務に対するリテラシーとスタンス」です。これは外からは見えにくいですが、働きやすさに直結します。
企業の紹介資料や面接時などに、「経営陣の思考はパターンA or Bのいずれに寄っているか」を確認しておくと、入社後のギャップが少ないです。
パターンA:法務を「ビジネスパートナー」と捉えている(攻めの法務)
経営陣が「法務は利益を生み出すための武器だ」と理解しているケースです。
- 特徴: 新規事業の企画段階から法務に相談が来る。「どうすれば適法に実現できるか」を一緒に考える文化がある。
- メリット: 法的思考をビジネス戦略に反映でき、非常にやりがいが大きい。評価もされやすい。
パターンB:法務を「ブレーキ役・コスト」と捉えている(守りの法務)
経営陣が「法務は形式的なチェック機関」「邪魔をしないようにしてほしい」と考えているケースです。
- 特徴: 案件が固まった最後の最後に「ハンコだけほしい」と回ってくる。「それは法律でダメです」と言うと煙たがられる。
- デメリット: 常に事後対応に追われ、心理的安全性が低い。法務としての価値発揮が難しい。
「攻め」か「守り」かを見抜く3つのチェックポイント

経営陣の本音を見極めるには、
- 求人票の文言
- 組織図・レポートライン
- 面接での逆質問
この3方向から検証する必要があります。
1. 求人票・募集要項の「キーワード」で見抜く
企業が法務に何を求めているかは、使われている言葉の端々に表れます。
| チェック項目 | 「攻め」の可能性が高いキーワード | 「守り」の可能性が高いキーワード |
| 募集背景 | 「事業拡大に伴う体制強化」「IPO準備」「新規事業立ち上げ」 | 「欠員補充」「業務過多による増員」「管理体制の維持」 |
| 必須要件 | 「ビジネスへの興味・関心」「コミュニケーション能力」「提案力」 | 「正確性」「緻密さ」「事務処理能力」「〇〇法の実務経験」 |
| 歓迎要件 | 「事業部との折衝経験」「0→1の立ち上げ経験」 | 「法律事務所での勤務経験」「総務・労務の兼務経験」 |
2. 組織図・レポートラインで見抜く
法務が組織の中でどこに配置されているかは、経営陣の法務に対する重要度の表れです。
| チェック項目 | 「攻め」の配置 | 「守り」の配置 |
| 所属部門 | 「社長直下」や「経営企画室」 経営判断に近い場所に置かれている。 | 「管理本部」や「総務部」の中 バックオフィスの一部として扱われている。 |
| レポート先 | CEO、COO、CFO ビジネスサイドのトップへ直接報告する。 | 管理本部長、総務部長 管理畑の上司へ報告する。 |
3. 面接での「逆質問」で見抜く(最重要)
面接は最大のチャンスです。以下の質問を投げかけ、返ってくる答えの**「具体性」と「熱量」**を確認してください。
質問①:相談のタイミング
「事業部から法務へ相談が来るのは、プロジェクトのどの段階が多いですか?」
- 攻め判定: 「企画のアイデア出しの段階」「キックオフミーティング」
- 守り判定: 「契約締結の直前」「リリース前日の最終確認」
質問②:評価基準
「法務担当者が『この仕事は素晴らしかった』と評価されるのは、どのような成果を上げた時ですか?」
- 攻め判定: 「難易度の高いスキームを実現させた時」「代替案を出して契約をまとめ上げた時」
- 守り判定: 「ミスなく監査を通過した時」「契約書を大量に処理した時」「特に問題が起きなかった時」
質問③:対立時の解決策
「事業部がやりたいことに対して、法的にグレーゾーンやリスクがあった場合、どのように解決していますか?」
- 攻め判定: 「リスクの大きさを見積もり、経営判断でGoすることもある」「法務が『こうすればできる』と別ルートを提案する」
- 守り判定: 「リスクがあるなら止める」「コンプライアンス第一で説得する」
質問④:定例MTGの参加者
「法務担当者は、誰と定例MTGを行うことを予定していますか?」
- 攻め判定: 「社長 or 役員との間で週一回行う」
- 守り判定: 「総務の担当者と行う」
まとめ:情報は「武器」である
ベンチャー企業への転職は、ハイリスク・ハイリターンな側面があります。だからこそ、自分のキャリア観と、企業の「フェーズ」「経営スタンス」が合致しているかを慎重に見極める必要があります。
しかし、経営陣の本音や社内のリアルな空気感は、求人票や面接だけでは掴みきれないことも多々あります。
失敗しない転職活動のためには、ベンチャー企業の内部事情に精通したエージェントを活用し、表には出ない情報を得ることも検討すると良いでしょう。まずは情報収集から始めてみましょう。


