法務としてのキャリアも3年を超え、リーダーやマネージャー候補として期待されるフェーズに入ると、求められる役割は劇的に変化します。
これまでは「発生した事案をどう処理するか」という臨床法務が中心だったかもしれません。しかし、これからは「いかに問題を発生させないか」「法的知見をどう経営戦略に組み込むか」という予防法務・戦略法務の視点が不可欠です。
今回は、組織の「要」となり、経営陣から信頼される法務リーダーになるために必要な3つの高度なスキルについて解説します。
1. 「法的な正しさ」を「経営判断」へ変換する翻訳力

経営陣へのレポーティングにおいて、「法律上、〇〇条に抵触する可能性があります」と伝えるだけでは不十分です。経営者が知りたいのは、法律論そのものではなく、**「で、ビジネスにどう影響するの?」**という点だからです。
上級法務には、法的リスクを経営上のリスク言語に変換する「翻訳スキル」が求められます。
このように、リスクとリターンを天秤にかけられる材料を提供し、経営陣の意思決定を支援することこそが、法務責任者の役割です。
【対比表】「法務スタッフの報告」vs「経営参謀の翻訳」
| シチュエーション | × ただの法的報告(判断を経営者に丸投げ) | ◎ 経営判断への翻訳(意思決定を支援) | 翻訳のロジック(単位の変換) |
| 独占禁止法・ 下請法リスク (コンプライアンス) | 「この取引条件は、独占禁止法第〇条の『優越的地位の濫用』に該当する法的リスクがあります」 → 「リスクがある」だけでは、経営者は止めるべきか進むべきか判断できない。 | 「この条件で強行した場合、公取委から**『売上の10%(約5億円)』の課徴金**が課される可能性があります。この利益のために5億円のリスクを負いますか?」 | 【法律 → お金】 「違法性」という曖昧な言葉を、「課徴金額(PLへのインパクト)」に変換し、損得勘定の天秤に乗せる。 |
| グレーゾーンの 新規事業 (レピュテーション) | 「明確な違法ではありませんが、法的にはグレーです。倫理的に問題があるかもしれません」 → 精神論に聞こえてしまい、イケイケな経営者には響かない。 | 「法的には白に近いですが、世論が反応して炎上した場合、**主要取引先A社との契約解除(売上20%ダウン)**に繋がる恐れがあります。法的勝敗よりもビジネスダメージが甚大です」 | 【適法性 → 信用・売上】 裁判で勝てるかどうかではなく、「ブランド毀損による売上ダウン」という実利の損失を突きつける。 |
| 法規制の壁 (ストッパー案件) | 「銀行法に抵触するため、今のスキームではローンチできません(NGです)」 → 結論だけ伝えて、ビジネスを止めてしまう。 | 「A案(直販)は違法ですが、銀行と提携するB案なら適法です。利益率は5%下がりますが、ローンチ時期は守れます。A案で法改正を待つか、B案で進めるか、ご判断ください」 | 【可否 → 代替案と選択肢】 0か100かではなく、「利益率」や「スケジュール」というトレードオフの条件を提示し、経営者に選ばせる。 |
解説:経営者の「脳内言語」に合わせる
経営者は常に「リターン(利益)」と「リスク(損失)」の方程式を頭の中で解いています。
法務の役割は、この方程式の「リスク」の項に、正確な数字や係数を代入してあげることです。
- 「違法です」= 判断不能
- 「5億円の損失可能性があります」= 判断可能(やめておこう)
- 「違法ですが、罰金は10万円です」= 判断可能(リスクを取って進もう、という判断もあり得る)
このように、法律用語を「経営判断できる単位」に翻訳して渡すことこそが、経営層から信頼される法務の真髄です。
2. 組織を強くする「仕組み化」と「予防法務」

優秀なプレーヤーほど、個別の案件対応に忙殺されがちです。しかし、リーダーの仕事は、自分がいなくても回る仕組みを作ることです。
火消し(トラブル対応)がうまいだけでなく、「火事を起こさない防火対策」を組織全体に実装できるかどうかが、マネジメントとしての腕の見せ所です。
【対比表】「個人の力で戦う法務」vs「仕組みで勝つ法務」
| テーマ | × 忙しいプレーヤー法務(属人的・対症療法) | ◎ 賢いリーダー法務(標準化・予防療法) | 組織への導入効果 |
| 契約書の ひな形整備 (交渉コスト削減) | 「毎回、相手方の修正案を見て、ゼロベースでカウンター案を考えている」 → 毎回同じような議論に時間を費やす。 | 「過去に揉めた条項を分析し、**『ここは妥協してもいい』という譲歩案(フォールバック条項)をひな形にセットしておく」 → 経験の浅い部員でも、交渉の落としどころが即座に分かる。 | 【交渉の高速化】 「どこまで譲っていいか」の基準が明確になり、法務確認の往復回数が激減する。 |
| 社内規程・ ルール策定 (現場の迷い除去) | 「『これ経費になりますか?』『押印申請はどうやるの?』という質問に、チャットで都度回答している」 → 法務が「人間辞書」になって疲弊する。 | 「質問が多い項目は規程を改定して明確化し、フローチャート付きの『5分でわかるマニュアル』を公開する」 → 現場が自分で答えに辿り着けるようにする。 | 【自走する組織】 曖昧な「グレーゾーン」を減らすことで、現場が法務の顔色を伺わずに意思決定できるようになる。 |
| コンプライアンス 研修 (リテラシー向上) | 「トラブルが起きてから、『なぜ確認しなかったんだ』と事後的に注意する」 → 常にモグラ叩きの状態。 | 「実際にあったヒヤリハット事例を元に、『ここだけ気をつければOK』というポイント**を絞って定期研修を行う」 → **『トラブルの種』**を現場レベルで発見させる。 | 【予防ワクチンの接種】 「これをやったらヤバい」という勘所を現場に植え付けることで、致命的な事故を未然に防ぐ。 |
解説:評価されにくい「予防」こそが最大の貢献
「トラブルを解決しました!」という報告は目立ち、英雄視されやすいです。
一方で、「仕組みを整えたので、今月はトラブルが0件でした」という成果は、派手さがなく評価されにくい側面があります。
しかし、経営者にとって本当にありがたいのは後者です。
**「私の仕事は、法務の仕事をなくすことです」**と言えるくらい、予防と自動化に注力できる人が、真の法務組織のリーダーです。
3. 成長を加速させるファイナンス・IPO実務

特にベンチャー企業の法務リーダーを目指す場合、会社の成長ステージ(フェーズ)に直結した高度な実務知識は最強の武器になります。
これらは、顧問弁護士に丸投げするのではなく、社内法務が主体性を持ってリードすることで、IPOの成功率やスピード感が大きく変わります。まさに「経営のエンジン」としての法務の醍醐味です。
対比表】「事務屋としての法務」vs「CFOと対等に渡り合う法務」
| テーマ・業務 | × ただの事務手続き(外部任せ・受け身) | ◎ 経営と連動した戦略法務(主体的・設計者) | 経営へのインパクト |
| 資金調達 (エクイティ・デット) | 「投資契約書の誤字脱字チェックを行い、条文の整合性を確認しました」 → 形式的なレビューに留まる。 | 「今回の出資条件(種類株式)だと、将来のExit時に創業者の取り分が減りすぎます。**『優先分配権』の倍率を1.0倍に下げるようVCと交渉しましょう」 | 【創業者利益の防衛】 資本政策は不可逆(後戻りできない)です。法務が将来の希薄化リスクを読み解き、経営権を守る砦となります。 |
| ストックオプション (SO設計) | 「SOの発行決議に必要な株主総会議事録を作成しました**」 → 手続きをミスなくこなすだけ。 | 「今の採用計画なら、行使価額が高くならないように**『税制適格SO』の枠を確保しつつ、外部協力者向けには『信託型(または有償)』**を組み合わせるスキームにしませんか?」 | 【採用力の強化】 SOは単なる報酬ではなく「採用兵器」です。税制メリットや付与タイミングまで設計することで、優秀な人材を獲得できます。 |
| IPO準備・内部統制 (J-SOX / N-2期) | 「監査法人の指摘通りに、大企業並みの厳格な社内規程を整備しました」 → ルールでがんじがらめになり、事業スピードが死ぬ。 | 「監査法人はこう言っていますが、今のフェーズでそこまでやると現場が止まります。リスクベースで承認フローを簡素化し、最低限の統制でクリアするロジックを私が説明します」 | 【スピードと規律の両立】 「上場審査に通ること」と「会社が成長し続けること」のバランスを取れるのは、現場を知る社内法務だけです。 |
解説:法務は「キャップテーブル(株主名簿)」に責任を持て
ファイナンス実務において、法務はCFO(最高財務責任者)の良きパートナーであるべきです。
CFOが「いくら調達するか(数字)」を考えるなら、法務は「どんな条件で調達するか(契約)」を考えます。
このように、数字の裏側にある「契約による拘束」や「制度設計の欠陥」を指摘できる法務担当者は、ベンチャー経営において代えの効かない存在となります。
まとめ:経営者と同じ景色を見る
- 法的リスクを経営リスクへ「翻訳」し、意思決定を支える
- 属人化を排し、リスクを未然に防ぐ「仕組み」を作る
- ファイナンスやIPO実務で、企業の「成長」を牽引する
4年目以降の法務パーソンは、もはや管理部門のイチ担当者ではありません。 法務という専門性を武器に、経営陣と同じ景色を見て、事業の成長と安全を両立させる「経営の参謀」としてのキャリアがここから始まります。


