【弁護士解説】IPO審査で落ちる会社は「規程」がスカスカ。上場に耐えうる社内規程整備のロードマップ

alt="記事「【弁護士解説】IPO審査で落ちる会社は「規程」がスカスカ。上場に耐えうる社内規程整備のロードマップ」のアイキャッチ画像。スーツを着た弁護士が、「社内規程」と書かれた巻物(ロードマップ)を広げ、穴だらけで脆い橋(規程がスカスカな状態)を補強しながら、光り輝く「IPO」のゲートへ導いているイラスト。背景には上昇するグラフと堅牢なビル群が描かれ、上場審査に耐えうる組織作りを表現している。" ベンチャー法務とは
弁護士町田北斗

ベンチャー起業の法務を専門とし、社内弁護士として企業の成長を法的側面から支えています。
当サイトでは、単なる事務処理ではない「経営に貢献できる法務」になるための実務ノウハウを公開。
契約書審査からIPO準備、労務戦略まで、現場で本当に役立つ「攻めと守りのリーガルビジネスマインド」をお伝えします。

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「社内規程なんて、ネットに落ちているひな形をコピペして、日付だけ変えればいいんでしょう?」

IPO準備に入ったばかりの経営者や、経験の浅い管理部門スタッフから、よくこのような言葉を聞きます。 断言しますが、そのやり方では上場審査で確実に炎上します。

上場審査において社内規程が重視される理由は、それが**「会社が組織として自律的に動いていることの証明書」**だからです。
「社長が決めたからOK」という属人的なベンチャー経営から、「ルールに基づいて誰でも判断できる」というパブリック・カンパニーへの脱皮。
そのためのOS(オペレーションシステム)作りこそが、法務に課せられた規程整備の正体です。

今回は、膨大な規程群をどう整備し、運用に乗せていくか、その戦略的プロセスを解説します。


  1. 1. 規程には「階層」がある。まずは全体像を掴む
    1. ① 最上位規範(定款・基本原則)
      1. 法務のポイント:なぜ「最強」なのか?
    2. ② 基本規程(組織・運営の根幹)
      1. 特に重要:「決裁権限基準表」の作成
    3. ③ 業務規程・マニュアル(実務のルール)
      1. 内部統制(J-SOX)の要は「内部牽制(けんせい)」
      2. 【失敗事例】職務分掌(リレー)が崩壊したときのリスク
      3. 解説:なぜ「性悪説」で仕組みを作るのか
  2. 2. 審査担当者が見抜く「コピペ規程」の3つの矛盾
    1. 矛盾その① 「実態」と合っていない
      1. 「あるのに守っていない」が一番罪深い! 規程と実態の乖離(ゾンビ化)事例
      2. 法務の鉄則:「守れないルールなら、作らない方がマシ」
    2. 矛盾その② 規程間の「不整合」
      1. ひな形の継ぎ接ぎが招く悲劇! 規程間の「矛盾・不整合」事例集
      2. 法務担当者の腕の見せ所:「用語の統一」と「優先順位」
    3. 矛盾その③ 「改廃手続き」が不明確
      1. いつの間にかルールが変わっている? 「改廃履歴」の管理不備とリスク
      2. 正しい管理手法:「附則(ふそく)」による履歴管理
  3. 3. 最重要は「稟議(りんぎ)」と「職務分掌」
    1. IPO審査の合否を分ける「内部統制3点セット」の連携
    2. 「チャット承認」からの卒業:証跡(ログ)が命
  4. 4. まとめ:規程は「作る」ことより「周知する」ことが10倍難しい

1. 規程には「階層」がある。まずは全体像を掴む

やみくもに作り始める前に、社内規程の全体像を理解する必要があります。規程類は、その重要度と影響範囲によって、ピラミッドのような階層構造になっています。

① 最上位規範(定款・基本原則)

会社の憲法である「定款」や、企業理念などがここにあたります。株主総会の決議が必要な最重要事項です。
ここにあるルールは、社長の一存では変えられません。株主(オーナー)の合意が必要な、会社という組織の「骨格」です。
すべての社内規程やマニュアルは、この定款に違反してはならず、もし違反すれば下位規程は社内的に無効となります。

項目(定款の記載事項)具体的な内容・文言例経営への影響・リスク(なぜ最上位なのか)
事業目的
(何をする会社か)
「1. ソフトウェアの開発販売 2. 飲食店の経営」
※ここに書いていない事業は、原則として行えません(権利能力の範囲外)。
【銀行融資・許認可の壁】
新規事業を始める際、定款に記載がないと法人口座が作れなかったり、許認可が下りなかったりします。変更には登記費用がかかります。
株式の譲渡制限
(誰が株を持てるか)
「当会社の株式を譲渡するには、株主総会の承認を要する」
※中小・ベンチャーでは必須の条項です。
【乗っ取り防止の最後の砦】
これがなければ、創業メンバーが株を勝手に第三者へ売却し、見ず知らずの人間が経営に入り込むのを防げません。
発行可能株式総数
(株の限界数)
「当会社の発行可能株式総数は、100万株とする」
※世の中に出せる株のチケット枚数の上限です。
【資金調達のストッパー】
上限ギリギリまで株を発行していると、急な増資(投資受け入れ)ができません。枠を広げるには株主総会が必要です。
機関設計
(誰が決めるか)
「当会社は取締役会および監査役を設置する」
※会社の意思決定機関の構成です。
【IPO・ガバナンスの要】
取締役会を置くか置かないかで、決裁スピードや監査の厳格さが変わります。上場を目指すなら必須の変更事項です。

法務のポイント:なぜ「最強」なのか?

定款の変更には、株主総会での**「特別決議(3分の2以上の賛成)」**が必要です。

下位のルール(就業規則など)は社長や取締役会で変えられますが、定款だけは「株主」の許可がないと指一本触れられません。

だからこそ、起業時や資金調達時に適当なひな形(ネットで拾った定款)をそのまま使うと、後で**「株主が集まらず定款変更できない=経営がロックする」**という事態を招きます。

② 基本規程(組織・運営の根幹)

取締役会規則、組織規程、職務分掌規程、就業規則など。 「誰がどのような権限で会社を動かすのか」を決めるルールです。ここが曖昧だと、すべての業務が根無し草になります。

定款が「国の憲法」なら、基本規程は「法律」にあたります。
「社長が全部決める」という創業期を脱し、組織として機能させるために不可欠なルール群です。

規程の種類定める内容(Who & What)規程がない(曖昧な)場合のリスク・混乱
取締役会規則
(経営陣の会議ルール)
「重要事項の決議」
例:いくら以上の借入なら取締役会の決議が必要か(例:1件5,000万円以上など)。
【独断専行と無効リスク】
社長が独断で決めた巨額融資やM&Aが、後から他の役員に「取締役会を通していないから無効だ」と訴えられ、契約自体が覆る恐れがあります。
職務権限規程
(決裁のルール)
「誰がハンコを押せるか」
例:部長は100万円まで、本部長は500万円まで決裁(サイン)できる。
【越権行為とガバナンス欠如】
現場の部長が勝手に数千万円の契約を結んでしまい、後から請求書を見て経理が青ざめる事態が発生します。
職務分掌(ぶんしょう)規程
(仕事の守備範囲)
「どの部署が担当するか」
例:営業部が「販売」、総務部が「契約管理」、開発部が「保守」を行う。
【ポテンヒットと責任の押し付け合い】
「クレーム対応は営業だ」「いや開発だ」と揉めたり、逆に誰もボールを拾わず重要なタスク(契約更新など)が漏れたりします。
就業規則
(社員との労働契約)
「働くルールとペナルティ」
例:労働時間、休日、解雇事由、懲戒処分(減給・出勤停止)。
【モンスター社員への対抗不能】
横領やセクハラをした社員を解雇したくても、「どんな時に解雇されるか」が明記されていないと、不当解雇で訴えられたら100%負けます。

特に重要:「決裁権限基準表」の作成

上記の規程の中でも、実務で毎日参照されるのが**「決裁権限基準表(権限一覧表)」**です。「交際費」「採用」「契約締結」などの項目ごとに、

  • 課長:〜5万円
  • 部長:〜30万円
  • 社長:〜100万円
  • 取締役会:100万円超〜

といった金額ラインを明確にします。これこそが、ベンチャーが「商店」から「企業」に変わるための境界線です。

③ 業務規程・マニュアル(実務のルール)

稟議規程、購買管理規程、経理規程、コンプライアンス規程など。 日常業務におけるお金や契約の流れをコントロールする、内部統制(J-SOX)の要となる部分です。

基本規程で決めた権限を、日常業務(ワークフロー)に落とし込むためのルールです。

これらがないと、発注担当者が独断で友人の会社に発注したり(癒着)、架空の経費請求が横行したりと、**会社が内部から腐る原因(内部統制の不備)**になります。

規程の種類定める具体的なルール(To Do)規程がない(ザル運用)場合のリスク・不正
稟議(りんぎ)規程
(意思決定のプロセス)
「決裁の証拠を残す」
契約や出費の前に、起案書を作成し、上長・役員の承認印をもらう手順を定めます。
【言った言わないの泥沼】
口頭指示だけで動くと、失敗した時に「そんな指示はしていない」と責任転嫁が起きたり、退職後に経緯が不明になります。
購買管理規程
(買い物のルール)
「相見積(あいみつ)の義務化」
例:10万円以上の発注は3社から見積もりを取り、最安または最適な業者を選ぶ。
【キックバック(中抜き)と横領】
担当者が特定の業者と癒着し、水増し請求させて差額を懐に入れる(キックバック)不正の温床になります。
経理規程
(お金の処理ルール)
「領収書の期限と承認」
例:経費精算は翌月5日まで。交際費は相手先と目的の記載を必須とする。
【私的流用の放置】
家族との食事代を経費に入れたり、タクシーチケットを私用で使ったりする「公私混同」が常態化し、税務調査で否認されます。
コンプライアンス規程
(法令遵守のルール)
「反社チェックと通報窓口」
新規取引先のバックグラウンド調査や、社内不正の通報ルート(内部通報制度)を設置します。
【黒い交際と企業の死】
気づかずに反社会的勢力と取引してしまい、銀行取引停止や上場廃止に追い込まれるリスクがあります。

内部統制(J-SOX)の要は「内部牽制(けんせい)」

業務管理規程の最大の目的は、「起案する人」と「承認する人」と「支払う人」を分けることです。

  • 営業部(起案):このシステムを買いたい
  • 法務部(審査):契約書に問題ないかチェック
  • 本部長(決裁):予算内で許可する
  • 経理部(支払):請求書に基づき振り込む

このリレー形式(職務分掌)が規程で担保されて初めて、社内の人間が相互に監視することが可能となり、不正ができない仕組みが完成します。

【失敗事例】職務分掌(リレー)が崩壊したときのリスク

失敗パターン崩壊したプロセス(誰が何をしたか)発生するリスク・結末
1. 全権掌握
(最悪のケース)
「起案」+「決裁」+「支払」= 同一人物
営業担当者が自分で発注し、自分で承認し、自分で送金操作まで行った。
【横領・架空取引】
架空の取引先(自分のペーパーカンパニーなど)にお金を流しても、誰も気づけません。会社のお金を私的に使い込み放題になります。
2. 法務スキップ
(暴走)
「法務」のチェックを飛ばして契約
「急いでいるから」と、営業部が勝手に相手の言いなりの契約書でハンコを押した。
【不利な契約・損害賠償】
後にトラブルになった際、「解約できない」「莫大な違約金」などの地雷条項が発覚。会社に巨額の損失を与えます。
3. なあなあ承認
(機能不全)
「決裁」が形骸化(ノーチェック)
本部長が中身を見ずに、部下が持ってきた書類に盲判(めくらばん)を押した。
【予算超過・無駄遣い】
本来不要なシステムや、相場より高い買い物が通ってしまいます。また、不正(キックバックなど)の温床になります。
4. 共謀(きょうぼう)
(癒着)
「起案者」と「支払者」がグルになる
営業担当と経理担当が結託し、偽の請求書を処理して着服した。
【組織的詐欺】
異なる部署で牽制し合うはずが、協力関係になると防ぐのが困難になります。これを防ぐには「定期的な人事異動(ジョブローテーション)」が必要です。

解説:なぜ「性悪説」で仕組みを作るのか

この表が示すのは、**「人は魔が差す生き物である」**という前提(性弱説・性悪説)です。

内部統制(J-SOX)において、「起案・承認・記録・資産の保全」を分ける本当の理由は、社員を疑っているからではありません。**「社員に犯罪者になる機会を与えないため(社員を守るため)」**です。

もし「一人が全プロセスを行える状態」にあれば、借金などで個人的に追い詰められた際、つい手を出してしまうかもしれません。しかし、リレー形式になっていれば、「他人の目があるから無理だ」と踏みとどまることができます。

2. 審査担当者が見抜く「コピペ規程」の3つの矛盾

証券会社の審査担当者はプロです。他社のひな形を適当にコピペした規程は、一瞬で見抜かれます。特に以下のポイントは厳しく突っ込まれます。

矛盾その① 「実態」と合っていない

  • 規程には「部長の承認が必要」と書いてあるのに、実際は部長職が存在せず、社長が直接承認している。
  • 「購買申請書を提出する」とあるのに、実際はSlackで「これ買っていいですか?」と聞いているだけ。

「あるのに守っていない」が一番罪深い! 規程と実態の乖離(ゾンビ化)事例

「規程がない」のは単なる準備不足ですが、「規程があるのに守っていない」のは『安全配慮義務違反』や『善管注意義務違反』という、会社側の怠慢(悪意)の証明になります。

特に、ネットのひな形をコピペして作った「背伸びした規程」でよく起こる現象です。

規程の記載(建前・理想)※大企業のひな形そのままで運用現場の実態(本音・現実)※ベンチャーのリアルな運用法務・監査上のリスク(なぜ「ルールなし」より悪質か)
組織・権限「部長の決裁を経て、社長が承認する」
※まだ社員5人しかいないのに、架空の役職(部長)がルートに含まれている。
【内部統制の不備】
「実際は社長のワンマン決裁」であることが露見すると、規程違反が常態化しているとみなされ、IPO審査で「運用実績なし」と突き返されます。
購買・経費「所定の『購買申請書』に押印し提出」
※そんな書類フォーマットは社内のどこを探しても存在しない。
【証憑(しょうひょう)なし】
実際はSlackで「これ買っていいですか?」「OK」で済ませているため、税務調査や監査で「支出の正当なプロセス」を証明できません。
勤怠・労務「始業9時・終業18時、休憩1時間」
※フレックス制を導入しているつもりだが、規程を変えていない。
【未払い残業代の温床】
実態は自由な時間に働いていても、規程上は「9時〜18時以外はすべて残業」とみなされ、莫大な残業代を請求される隙を作ります。
情報セキュリティ「パスワードは毎月変更し、複雑な文字列とする」
※運用が面倒すぎて誰も守っていない。
【重過失の認定】
情報漏洩が起きた際、「高度なルールを自ら定めておきながら放置した」として、会社側の管理責任(重過失)が厳しく問われ、賠償額が跳ね上がります。

法務の鉄則:「守れないルールなら、作らない方がマシ」

「背伸び」をして立派すぎる規程を作ると、現場は必ずルールを無視し始めます。

一度「ルールを破っても怒られない」という空気が蔓延すると、本当に守るべき「コンプライアンス規程」や「反社チェック」まで軽視されるようになります(割れ窓理論)。

ベンチャー法務の正解:

100点のひな形をコピペするのではなく、**「今の自分たちが確実に守れる60点のルール」**を自作し、成長に合わせて改定していくことです。

矛盾その② 規程間の「不整合」

  • 「職務権限規程」では課長の決裁限度額が10万円なのに、「稟議規程」では30万円になっている。

複数のひな形を継ぎ接ぎすると、こうした矛盾が頻発します。法務担当者は、規程全体を横串でチェックし、用語の定義や数字の整合性を整える役割があります。


ひな形の継ぎ接ぎが招く悲劇! 規程間の「矛盾・不整合」事例集

部署ごとに勝手に規程を作ったり、作成時期がバラバラだったりすると、同じ会社なのにルールが対立する「ねじれ現象」が起きます。

これは現場を混乱させるだけでなく、**「会社として意思統一ができていない」**とみなされ、監査や訴訟で極めて不利になります。

不整合のテーマ① 規程Aでの記述(古い・あるいは別のひな形)② 規程Bでの記述(新しい・あるいは現場ルール)現場の混乱・法的リスク(どっちに従えばいいの?)
決裁権限
(ご提示の例)
【職務権限規程】
「課長の決裁限度額は10万円とする」
【稟議規程】
「課長は30万円未満の案件を専決できる」
【越権行為の発生】
課長が「稟議規程」を信じて20万円の発注を行い、後から経理(権限規程派)に突き返され、支払いが止まるトラブルに発展します。
社員の定義
(適用範囲)
【就業規則】
「従業員とは、正社員、契約社員およびパートを指す」
【給与規程・退職金規程】
「従業員には、賞与および退職金を支給する」
(※対象を限定し忘れている)
【給与未払い請求】
規程Bで「正社員に限る」と書き忘れたため、定義上はパート社員にも退職金やボーナスを払わなければならない義務が生じます。
ハンコと電子契約
(DXの遅れ)
【文書管理規程】
「契約書には代表印を押印し、原本を保管する」
【電子署名管理規程】
「クラウドサイン等の電子署名をもって締結とする」
【契約の有効性懸念】
「文書規程(上位)が優先だ」と主張する監査役により、電子契約が無効扱いされたり、社内承認が下りない事態になります。
用語の定義
(役職名など)
【組織図・組織規程】
「リーダー」「マネージャー」という呼称を使用。
【賃金規程】
「係長」「課長」の手当額のみ記載。
【手当の計算不能】
「マネージャーは課長扱いなのか?」という紐付け(定義)がどこにも書かれておらず、手当をいくら払えばいいか誰も分かりません。

法務担当者の腕の見せ所:「用語の統一」と「優先順位」

こうした矛盾を防ぐために、法務は以下の2点を行います。

  1. 用語の定義(Definition)を揃える
    • 「当社において『社員』とは何を指すか」を定義し、全規程で統一します。
  2. 優先順位(Priority)を決める
    • 「本規程と他の規程が矛盾する場合は、本規程を優先する」という条文(優先規定)を入れ、矛盾が起きた時の逃げ道を作っておきます。

結論:
規程作りは「パズル」です。1ピース(ひとつの規程)だけ見ていては完成しません。
全体図(体系)を見ながら、整合性を整える作業こそが、法務担当者の最も地味で、最も重要な仕事です。

矛盾その③ 「改廃手続き」が不明確

規程を作った日(制定日)や、変更した日(改定日)、そしてその変更を「誰が承認したのか(取締役会決議など)」の履歴管理が重要です。 いつの間にかファイルの中身が変わっているような管理状態では、内部統制として認められません。

規程における「履歴」は、単なる記録ではありません。「いつの時点で、どんなルールが適用されていたか」を証明する、裁判における最重要証拠です。


いつの間にかルールが変わっている? 「改廃履歴」の管理不備とリスク

WordやGoogle Docsで規程を管理している企業でよく起きるのが、担当者が良かれと思って勝手に数字や誤字を直してしまう「サイレント修正」です。

これにより、**「どのバージョンが正本(正しいルール)なのか」**が分からなくなり、内部統制監査で「不合格(不備)」の判定を食らいます。

管理状況(NG例)具体的なアクション(やってはいけないこと)内部統制・法務上の致命的リスク
① サイレント修正
(履歴なしの更新)
「誤字を見つけたから直しておこう」
担当者が上長の承認や記録を残さずに、サーバー上のファイルを直接上書き保存した。
【改ざん・変造の疑い】
「誰がいつ書き換えたか」が証明できないファイルは、証拠能力がありません。「都合の悪い部分を後から消したのでは?」と疑われます。
② 過去バージョンの紛失
(最新版のみ保存)
「古いファイルは邪魔だから消した」
改定後の新しい規程だけを残し、改定前の古いデータを削除・上書きしてしまった。
【労務トラブルで敗訴】
「3年前の未払い残業代」を請求された際、**「3年前当時のルール(給与規程)」**を提示できなければ、会社は反論の根拠を失います。
③ 権限の不一致
(手続き違反)
「社長がいいって言ったから」
本来は「取締役会」で決めるべき規程の変更を、議事録を残さず、社長の口頭指示だけで変更した。
【改定の無効】
上位ルール(定款など)で定めた正しい手続き(決議)を経ていない改定は、法的に無効です。そのルールに基づく解雇や減給も無効になります。
④ 施行日の曖昧さ
(いつから有効か不明)
「今日から変えておいて」
ファイルの中身は変えたが、**「〇年〇月〇日施行」**という日付の指定がない。
【適用の混乱】
「昨日の契約には、新しいルールが適用されるのか?」という境界線が曖昧になり、取引先や社員とのトラブルになります。

正しい管理手法:「附則(ふそく)」による履歴管理

規程の最後には、必ず**「附則」**というコーナーを設け、日記のように変更履歴を残すのが法務の鉄則です。

(記載例)

附則

  1. 本規程は、2020年4月1日より制定・施行する。
  2. 本規程は、2022年10月1日より改定・施行する。(取締役会決議日:2022年9月25日)
  3. 本規程は、2025年4月1日より改定・施行する。(担当部署名の変更)

法務のTodo:

  • 「版数(Ver.)」の管理: ファイル名に「v1.0」「v1.1」と付け、過去ファイルは「old」フォルダに永久保存する。
  • 「新旧対照表」の作成: どこがどう変わったのか、Before/Afterが一目でわかる資料を必ず作り、決議の議事録とセットで保管する。

3. 最重要は「稟議(りんぎ)」と「職務分掌」

IPO審査において、特に重点的に見られるのが**「意思決定プロセス」**です。

  • 職務分掌規程: 「誰が何の仕事を担当するのか」
  • 職務権限規程: 「誰がいくらまでのお金を動かせるのか」
  • 稟議規程: 「重要な決定をする際、どのようなプロセスで承認を得るのか」

この3点セットが有機的に機能しているかが勝負です。 「社長、これ契約していいですか?」「いいよ」という口頭やチャットでのやり取りを卒業し、「起案→査閲→承認→決裁」というワークフローをシステム上で回し、その証跡(ログ)を残す体制を構築しましょう。

上場審査において、証券会社や監査法人は**「社長がいなくなっても、この会社は不正なく回るか?」**という点を徹底的に見ます。その答えがこの3点セットです。


IPO審査の合否を分ける「内部統制3点セット」の連携

「誰が(分掌)、いくらまで(権限)、どうやって決めるか(稟議)」。

この3つがバラバラではなく、歯車のように噛み合って動いている状態(有機的な機能)が求められます。

規程の種類役割・定義IPO準備前の実態(NG例)「社長の口頭決済」IPO基準の運用(OK例)「システムによる統制」
① 職務分掌規程
(担当の割り振り)
「誰が起案するのか」
各部署の業務範囲を明確にし、責任の所在をはっきりさせる。
【全員が何でも屋】
「手が空いている人がやる」状態。営業が勝手に仕入れを行い、請求書も自分で処理している(不正の温床)。
【相互牽制(けんせい)】
「営業(起案)」と「経理(支払)」を別人・別部署に分けることで、一人で不正ができない仕組みを作る。
② 職務権限規程
(決裁の金額枠)
「誰が承認するのか」
役職ごとの決裁限度額(お金の権限)を定義する。
【社長の独裁】
1万円の備品も、1億円の契約も、すべて社長の「いいよ」の一言で決まる。部長に権限がない。
【権限の委譲】
「10万円未満は課長」「100万円未満は部長」と権限を下ろし、社長は経営判断に集中する体制にする。
③ 稟議(りんぎ)規程
(決定のプロセス)
「どう記録を残すか」
起案から決裁までのルートと、判断理由を文書(ログ)で残す。
【チャットで事後報告】
Slack等の「これ買います」「OK」のログのみ。なぜ必要か、相見積もりは取ったかが不明。
【ワークフローの確立】
「起案→上長査閲→予算管理確認→決裁」のパスをシステム上で回し、日時と承認者のログを改ざん不能な状態で残す。

「チャット承認」からの卒業:証跡(ログ)が命

IPO審査では、過去の取引について「なぜこの業者を選んだのか?」「なぜこの金額なのか?」とランダムに突っ込まれます。この時、Slackのスクショでは証拠として弱すぎます。

理想的なワークフロー(システム化)の流れ:

  1. 起案(担当者):
    • 「職務分掌」に基づき、営業担当が申請。
    • 相見積書や契約書案を添付し、選定理由を明記する。
  2. 査閲(直属上長・管理部):
    • 内容の正当性や、予算内かどうかをチェック。
  3. 決裁(権限者):
    • 「職務権限規程」に基づき、金額に応じた役職者(部長や取締役)が承認ボタンを押す。
  4. 記録(自動保存):
    • いつ、誰が承認したかがシステムに刻まれる(監査証跡)。

4. まとめ:規程は「作る」ことより「周知する」ことが10倍難しい

完璧な規程を作っても、社員がそれを知らなければ意味がありません。 法務担当者の本当の仕事は、規程を製本して棚に飾ることではなく、「社内説明会」を開き、イントラネットに掲示し、運用レベルまで落とし込むことです。

「面倒くさい」「手続きが増えて動きにくい」と現場からは反発があるでしょう。 しかし、それを乗り越えて**「ルールに基づく経営」**を定着させた時、その会社は初めて「上場企業」としての資格を得るのです。

社内規程の整備は、地味ながらも、会社の背骨を作るクリエイティブな業務です。ぜひ、経営視点を持って取り組んでください。

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