ベンチャー法務の生命線:3つの「ソフトスキル」

記事「ベンチャー法務の生命線:3つの『ソフトスキル』」のアイキャッチ画像。コミュニケーション、交渉・調整力、適応・柔軟性の3つの重要なスキルが、ベンチャー法務を支える生命線(ロープ)として繋がっている様子を、青を基調としたテクノロジー都市の背景で図解したイラスト。 スキルアップGUIDE
弁護士町田北斗

ベンチャー起業の法務を専門とし、社内弁護士として企業の成長を法的側面から支えています。
当サイトでは、単なる事務処理ではない「経営に貢献できる法務」になるための実務ノウハウを公開。
契約書審査からIPO準備、労務戦略まで、現場で本当に役立つ「攻めと守りのリーガルビジネスマインド」をお伝えします。

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ベンチャー企業の採用面接で、CFOや経営陣が最も警戒しているのは「知識不足」ではありません。**「頭はいいけれど、現場と会話ができない法務」**が入社してしまうことです。

専門知識(ハードスキル)があるのは大前提。その上で、ベンチャー法務として活躍するために不可欠な**「3つの翻訳・調整能力(ソフトスキル)」**について解説します。

1. 「法務の言葉」を捨てる『翻訳テクニック』

法律事務所や大企業の法務部では、「善管注意義務」や「瑕疵担保責任(契約不適合責任)」といった用語が共通言語として通じます。しかし、ベンチャーの現場(エンジニアや営業)には通じません。

専門用語を使わずにリスクと対策を伝える**「翻訳」**ができなければ、現場はあなたを「話の通じない評論家」とみなしてしまいます。

【対比表】現場から信頼される法務の「翻訳」テクニック

相手・シーン× ダメな法務(法律用語そのまま)◎ 活躍する法務(現場への翻訳・意訳)翻訳のポイント
エンジニアへ
(開発委託・権利帰属)
「職務著作の要件を満たさないため、著作者人格権の不行使特約が必要です」「このままだと、将来バグが出ても会社が自由にコードを修正できなくなります。彼らに『修正OK』という一筆をもらいましょう」【行動への翻訳】
権利の話ではなく、「修正できるか(開発作業に支障がないか)」という具体的なアクションに置き換える。
営業マンへ
(契約書・損害賠償)
「損害賠償額の上限設定がなく、予見可能性の範囲で無限定のリスクがあります」「もしシステムが止まって相手が大損したら、会社の全財産で払うことになります。上限を『契約金額の1年分まで』に制限しましょう」【お金への翻訳】
法的な範囲ではなく、「いくら払うことになるか(会社が潰れるか)」という金額のインパクトで警告する。
経営陣へ
(利用規約・免責)
「消費者契約法により、全部免責条項は無効になるリスクが高いです」「『一切責任を負わない』と書くと逆に裁判で負けます。会社を守るために『故意・重過失以外は』と書き直しましょう」【勝敗への翻訳】
条文の解説ではなく、「その書き方だと裁判で勝てるか/負けるか」という結末を示す。

解説:なぜ「翻訳」が必要なのか

現場のメンバーは「契約をまとめたい」「早く開発を進めたい」というアクセルを踏んでいます。そこに法務が難しい言葉でブレーキをかけると、心理的な対立構造が生まれてしまいます。

「法律を守れ」と上から目線で言うのではなく、**「ビジネスを止めないために、ここだけは押さえておこう」**というパートナーとしての言葉選び(翻訳)ができるかどうかが、ベンチャー法務の生命線となります。

「法務の言葉」を「現場の言葉」に翻訳する力の鍛え方。

STEP1.まず「翻訳先の言語(ビジネス)」を知る

英語を日本語に翻訳するには、日本語を知らなければなりません。同様に、法律をビジネスに翻訳するには、**自社のビジネス(商流・技術・文化)**を深く理解する必要があります。

具体的なアクション
  • 自社プロダクトを触り倒す:利用規約を作る前に、実際にユーザーとして登録し、使ってみてください。「ここでクリックさせるのはUX(ユーザー体験)が悪い」といった現場の感覚がわかります。
  • 営業同行・開発定例への参加:法務以外の会議に顔を出します。エンジニアが使う言葉(デプロイ、API、ライブラリなど)や、営業が顧客に訴求しているポイントをメモし、共通言語を増やしましょう。
  • 「お金の流れ」を把握する:どこで売上が立ち、どこでコストがかかるのか。この感覚がないと、損害賠償の上限設定などでピント外れな提案をしてしまいます。

STEP2. 「法的リスク」を「経営資源」に換算するトレーニング

現場は「適法か違法か」よりも、「いくら損するか」「どれくらい遅れるか」「何が起きるか」に関心があります。

脳内で**【法律用語 → 数字・時間・作業】**への変換を行う癖をつけましょう。

【換算表現の例】
法的な事象(Input)経営資源への換算を意識した表現(Output)
契約書の修正が必要「契約締結まであと2週間遅れます」
下請法違反のリスクがある「最大で50万円の罰金と、社名公表によるブランド毀損のリスクがあります」
独占禁止法上の懸念がある「公取委の調査が入ると、半年間は業務がストップします」

ポイント: 「リスクが高い」という曖昧な言葉を禁句にし、「金(Money)・時間(Time)・人(Resource)」のどれに、どれくらい影響するかを言語化してみてください。


STEP3. 「中学生に説明するつもり」で要約する

専門用語を使わずに説明する練習として最も効果的なのが、**「法律知識がない人(中学生や家族など)にわかるように説明する」**というシミュレーションです。
普段から家族や友人との間で、自身が担当する法務業務を話題としてコミュニケーションをとることで、法律を知らない人に説明する良いトレーニングになります。

3行要約の練習

チャットツール(SlackやChatwork)でのコミュニケーションでは、長文は読まれません。

複雑な法的論点を、「結論・理由・アクション」の3行でまとめる練習をしましょう。

(悪い例)

甲第○号証の条項についてですが、民法第○条の解釈に照らすと契約不適合責任の免責が無効となる可能性が高く、判例においても……(以下500文字続く)

(良い例:3行要約)

  1. この契約書のままだと、トラブル時に当社が全額賠償するリスクがあります。(約●~●万円)
  2. 法律上、「一切責任を負わない」という条項は無効になる可能性が高いからです。
  3. 「故意・重過失を除き」という文言を追加しても良いか、先方に確認してください。

STEP4. 現場からのフィードバックを恐れない

翻訳が正しく伝わったかどうかは、相手の反応でしか確認できません。

説明した後、あえて一言付け加えてみてください。

  • 「今の説明、わかりにくかったところはありませんか?」
  • 「エンジニアの視点だと、この運用は現実的ですか?」

もし相手が首をかしげていたり、「現実はそうじゃないんだよね」と言われたら、それは法的な正しさよりも「翻訳の精度」あるいは「ビジネス理解」が不足していた証拠です。このフィードバックこそが、スキルを磨く一番の材料になります。


翻訳能力は「相手への想像力」

法務の翻訳能力とは、結局のところ**「これを言われたら、相手はどう思うか? どう動けるか?」**を想像する力です。

条文知識という「武器」を振り回すのではなく、現場が安全に戦えるための「防具」に加工して渡してあげる。そのひと手間を惜しまない法務担当者が、ベンチャー企業では最も重宝されます。

2. 「ダメ」と言わずに道を作る『調整・解決力』

法務の仕事は「会社の利益を守ること」ですが、ベンチャーにおいては「ビジネスを止めること」であってはなりません。

営業部門や経営陣から無理難題(ハイリスクな案件)が飛んできた時、単に「法的にNGです」と突き返すのはAIでもできます。求められているのは、事業部の要望と法的な制約の「落としどころ」を見つけるバランス感覚です。

  • 否定ではなく提案を:「A案は違法リスクが高いですが、スキームを少し変えてB案にすれば、同じビジネスゴールを適法に達成できます」
  • リスクの計量化:「この条文を受け入れると、最悪〇〇円の損失リスクがあります。それでもこの契約を取る経営上のメリットが上回りますか?」と判断材料を提示する。

【対比表】「ストッパー法務」と「ソリューション法務」の違い

シチュエーション× 評価されない法務(ただのストッパー)◎ 評価される法務(調整・解決力の発揮)解決のアプローチ
新規事業の相談
(景表法・業法規制)
「そのキャンペーンは景品表示法違反になるリスクが高いため、実施不可(NG)です「今の懸賞形式だと違法ですが、『先着順』にするか、景品額を◯円以下に下げれば適法に実施できます。どちらの変更なら許容できますか?」【代替案の提示】
「ダメ」で終わらせず、「条件を変えればできる(A案がダメならB案)」という別のルートを即座に提案する。
契約トラブル
(不利な条項の要求)
「相手方の提示する賠償額上限なしの条項はリスクが大きすぎるため、法務としては承認できません「無制限の賠償は危険ですが、相手も譲らないですね。では、**『当社が加入している賠償責任保険の支払限度額まで』という文言で妥協点を探りましょう」【折衷案の創出】
0か100かの議論ではなく、相手の顔も立てつつ自社の致命傷を防ぐ第三の選択肢**を見つける。
グレーゾーン判断
(明確な判例がない領域)
「過去に判例がなく、適法性が不明確なため、リスク回避のためにやめておくべきです「明確な判例がないグレーゾーンですが、最大リスクは◯◯万円の過料です。このリスクを負ってでも先行者利益を取りに行くか、経営判断をお願いします【リスクの計量化】
止めるのではなく、リスクを「金額」や「確率」に換算し、経営者がGO/STOPを決めるための材料を提供する。

なぜ「調整力」が必要なのか

ベンチャー企業では、法的に100点満点の「ホワイトな状態」を目指すと、スピードが落ちて競合に負けてしまうことがあります。

時には「60点でもいいから、死なない程度のリスクヘッジをして走り出す」という判断が必要です。

現場から「法務に相談すると仕事が止まる」と思われるか、**「法務に相談すると、安全な抜け道を教えてくれる」**と思われるか。この信頼の差が、法務担当者としてのキャリアを決定づけます。

3. 社外との『交渉力(外交力)』

ベンチャー企業は大企業と取引をする際、どうしても立場が弱くなりがちです。相手方から送られてくる契約書は、相手に有利な条件(知財の帰属や、一方的な解除条項など)で固められています。

ここで「全部修正してください」と赤入れをして返すと、取引自体が破談になる恐れがあります。

  • 譲れない一線(レッドライン)を守る
  • 相手の顔を立てつつ、実利を取る修正案を出す
  • 時には電話や対面で、人間関係を作りながら交渉する

こうした、書面上の添削だけではない「泥臭い交渉力」こそが、会社の利益を直接的に守る武器になります。

**「相手のメンツを立てつつ、自社の致命傷だけは避ける」**という、極めて政治的な動き(外交力)を具体例として表にまとめました。


社外との『交渉力(外交力)』と具体例

ベンチャー企業は大企業と取引をする際、どうしても立場が弱くなりがちです。相手方から送られてくる契約書(ひな形)は、知財の全譲渡や一方的な解除条項など、相手に有利な条件で固められています。

ここで「これでは不平等です。全部修正してください」と赤入れをして突き返すと、取引自体が破談になる恐れがあります。

法務に求められるのは、書面上の添削能力ではなく、**「譲れない一線(レッドライン)」を守りながら、相手と握手をする「外交的な交渉スキル」**です。

【対比表】大企業相手に「負けない」ための交渉戦術

交渉テーマ× 下手な法務(正論で破談にする)◎ 強い法務(実利を取る外交官)交渉のロジック(言い回し)
知的財産権の帰属
(相手が「成果物は全て我々のもの」と言ってきた時)
「当社の独自ノウハウも含まれるため、譲渡は絶対に不可能です。第◯条を削除してください」
→ 相手法務部が硬化し、膠着する。
「御社が成果物を自由に『利用』できることは保証します。ただ、著作権自体は当社に残させてください。その代わり、独占的な利用許諾を付けます【権利ではなく利用を提案】
相手の真の目的は「権利を持つこと」ではなく「自由に使うこと」である場合が多い。所有にこだわらず「実利」で妥協する。
損害賠償の上限
(「賠償額は無制限」と要求された時)
「リスクが無限大になるため受け入れられません。契約金額を上限とさせてください
→ 「うちは大企業だからその金額じゃ足りない」と一蹴される。
「無制限だと、万が一の時に当社が倒産し、かえって御社への支払いができなくなります。**賠償責任保険の範囲内(例:1億円)**までは保証する形ではいかがですか?」【相手のための制限だと主張】
「払いたくない」ではなく「御社が確実に回収できるように、現実的なライン(保険など)を設定しましょう」と、相手の利益にすり替える。
修正依頼の出し方
(赤入れファイルの送付時)
メールで「修正案を送ります」とだけ書き、ファイルを添付。
→ 修正箇所が真っ赤で、相手担当者が引いてしまう。
まずは電話を入れる。
「基本的には御社の案で進めたいのですが、どうしても当社の監査上、通せない箇所が2点だけあります。そこだけ相談させてください」
【アレルギー反応を下げる】
書面だけで戦わない。「あなたの顔を立てたいが、社内ルールのせいで…」と**共通の敵(監査やルール)**を作り、担当者を味方につける。

解説:交渉は「勝ち負け」ではない

大企業の担当者も、実は「法務部の承認を通すのが面倒くさい」と思っています。

そこにベンチャー側から大量の修正が入ると、「また社内調整か…もうこのベンチャーとの取引はやめようかな」と心が折れてしまいます。

優秀な法務は、**「相手の担当者が、社内で稟議を通しやすい理由」**を一緒に作ってあげます。

「御社のリスク管理規定上、この条文は飲めないですよね。では、代わりにこの特約を付ければ、上司の方も納得されませんか?」というように、相手の隣に座って一緒に解決策を考えるスタンスこそが、契約締結(クロージング)への近道です。


このスキル、どうアピールする?

もしあなたが現在、法律事務所や企業の法務部にいて「自分にはこのソフトスキルがある」と感じているなら、職務経歴書や面接では以下のようにアピールしてください。

  • 「営業担当者向けの勉強会を主催し、相談件数が〇%増えた(=翻訳力、信頼構築)」
  • 「相手方大企業との契約交渉で、粘り強く折衝して〇〇の条項を削除させた(=交渉力)」
  • 「新規事業の立ち上げで、法規制の壁を〇〇というスキームで突破した(=調整・解決力)」

「知識だけの法務」はAIに代替されますが、「現場と併走できる法務」の市場価値はこれからも上がり続けます。

【対比表】採用担当者に刺さる「ソフトスキル」のアピール術

アピールしたいスキル× よくある残念な表現(抽象的で伝わらない)◎ 「採用したい」と思わせる表現(具体的成果・エピソード)
① 翻訳能力
(現場との信頼構築)
「営業部とのコミュニケーションを大切にし、わかりやすい説明を心がけました

(感想文に見えてしまう)
「営業向けに『契約書チェックポイント勉強会』を主催しました。結果、手戻りが減り契約締結までの日数が平均3日短縮されました
「エンジニアの定例会議に参加し、開発用語を理解した上で利用規約を作成しました」
② 調整・解決力
(ビジネスの加速)
「コンプライアンスを遵守し、リスク管理を徹底しました

(ただのブレーキ役に見える)
「新規事業の立ち上げ時、景表法上の課題がありましたが、『〇〇というスキーム』への変更を提案し、適法にリリースまで導きました
「NGを出すだけでなく、必ず『代替案』をセットで提示する運用を徹底しました」
③ 交渉力・外交力
(利益の確保)
「契約書の審査・修正業務を月間〇〇通、担当しました

(作業量しか見えない)
「大手企業との提携交渉において、相手方指定の契約書でしたが、粘り強い折衝により『損害賠償の無制限条項』を削除させ、会社のリスクを限定しました」
「相手の法務担当者と電話で関係を築き、決裂寸前の案件を合意に持ち込みました

アピールのポイント:数字とBefore/After

上記の「◎」の例に共通するのは、以下の要素が含まれていることです。

  1. 課題(Before): どんな壁があったか(例:大手企業との不利な条件、新規事業の法的規制)。
  2. 行動(Action): あなたがどう動いたか(例:勉強会の主催、代替案の提案、電話での折衝)。
  3. 結果(After): 会社はどうなったか(例:期間短縮、リリース実現、リスク回避)。

「法律を知っています」ではなく、**「法律を使って、ビジネスの困難を突破できます」**というメッセージこそが、成長企業への転職成功の鍵となります。

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