ベンチャー法務に必須の「ITスキル」とは?Word・Excelだけでは通用しない3つの理由と適性診断

ベンチャー法務における旧来の業務スタイルとITスキルを駆使した次世代法務の対比イラスト スキルアップGUIDE
弁護士町田北斗

ベンチャー起業の法務を専門とし、社内弁護士として企業の成長を法的側面から支えています。
当サイトでは、単なる事務処理ではない「経営に貢献できる法務」になるための実務ノウハウを公開。
契約書審査からIPO準備、労務戦略まで、現場で本当に役立つ「攻めと守りのリーガルビジネスマインド」をお伝えします。

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ベンチャー企業の法務において、「ITスキル」とは「WordやExcelが使える」ことではありません。

それは、**最新のテクノロジーを駆使して自分の時間を生み出し、エンジニアと同じスピード感でビジネスを走らせるための「武器」**です。

なぜベンチャー法務に高いITリテラシー(デジタル感度)が求められるのか、3つの側面から解説します。

1. ビジネスを止めない『スピードへの適応力』

ベンチャーの時間の流れは、一般企業の数倍速です。

「契約書の確認をお願いします」と言われた時、「印刷して赤ペンを入れて、PDF化してメールで返信(2日後)」という従来の法務の作法では、事業のスピードを殺してしまいます。

  • チャットツール(Slack / Chatwork等)での即時連携メールのような儀礼的な挨拶は不要。
    メンションが飛んできたらスタンプ一つで「確認しました」と即応し、ボール(タスク)を滞留させないリズム感が必須です。
  • リーガルテック(AI契約レビュー・電子契約)の活用LegalForceなどのAIレビュー支援ツールや、クラウドサインなどの電子契約を導入・運用し、定型業務を自動化。
    「人が考えるべき高度な判断」に時間を割く体制を作ります。

【対比表】「昭和的法務(鈍足)」vs「令和的ベンチャー法務(爆速)」

シチュエーション× スピードを殺す法務(従来型・大企業型)◎ ビジネスを加速させる法務(ベンチャー適応型)なぜそのスピードが必要か?
コミュニケーション
(相談・確認依頼)
【メール・電話中心】
「お世話になっております」等の儀礼的な挨拶が必要。
「持ち帰って検討します」と言い、回答まで数日かかる。
【チャットツール中心】
(Slack / Chatwork等)
メンションが飛んできたらスタンプ一つ(👀など)で「確認した」と即反応
簡単な相談ならその場で「OK/NG」を回答する。
【心理的ハードルの除去】
レスが早いと、現場は「すぐに相談しよう」という気になります。逆に遅いと「面倒だから相談せずに進めよう」となり、隠れリスクが増大します。
契約書レビュー
(チェック作業)
【目視・手作業】
紙に印刷し、一言一句を目で追う。
過去の類似契約書をフォルダから手動で探す。
「てにをは」の修正に時間をかける。
【リーガルテック活用】
(LegalForce / GVA assist等)
AIツールで条文の抜け漏れを瞬時にチェック。
浮いた時間で**「ビジネススキーム自体の適法性」**など、人が考えるべき高度な判断に集中する。
【本質への集中】
定型的なチェックはAIの方が正確です。法務担当者は「形式」ではなく「内容(ビジネスの実現)」に脳のリソースを割くべきです。
契約締結・保管
(ハンコ・製本)
【紙と印鑑】
製本テープで製本し、代表印の押印申請をし、郵送する。
相手から返送されるまで**1週間以上**かかる。
【電子契約】
(クラウドサイン / DocuSign等)
PDFをアップロードし、URLを送るだけ。
最短数分で締結完了。印紙税も削減できる。
【機会損失の防止】
「鉄は熱いうちに打て」です。契約締結までのリードタイムが長いと、相手の気が変わったり、競合に横取りされるリスクが生じます。

解説:スピードは「雑」ではない

「早くやるとミスが増えるのではないか」という懸念がありますが、それは誤りです。

ここで言うスピードとは、確認を適当にすることではなく、**「着手までの待ち時間をなくすこと」や「テクノロジーで作業時間を圧縮すること」**を指します。

「完璧な回答を3日後に出す」よりも、「8割の精度の方向性を30分後に出し、残りの詰めを翌日に行う」方が、ベンチャーの経営判断においては圧倒的に価値が高いのです。

法務のスピードを劇的に上げる3つの実務テクニック

ビジネスを止めない「爆速法務」になるためには、以下の3つを徹底してください。

  • 「80点主義」で暫定解を出す
    法務パーソンは完璧主義になりがちですが、ベンチャーでは「100点の回答を3日後」に出すより、「80点の方向性を30分後」に出す方が価値があります。「詳細な調査は必要ですが、現時点ではこのリスクさえ回避すればGOです」と、まず結論と方向性を即答する勇気を持ってください。
  • 「ゼロから作らない」資産の活用
    契約書の修正文言や、社内からのよくある質問(FAQ)は、すべて「スニペット(定型文)」として辞書登録してください。毎回ゼロから文章を考える時間をなくし、ショートカットキー一つで呼び出せるように整備することが、時短の基本です。
  • 「ボールを持たない」リアクションの徹底
    チャットツールでは、メンションが来てから5分以内に「確認しました。〇時までに回答します」とスタンプや一言を返してください。
    タスクを完了できなくても、「ボール(検討状況)は法務にあるのか?」という相手の不安を消すだけで、チーム全体の進行リズムが劇的に良くなります。

2. エンジニアと対等に話す『ITビジネスの解像度』

ITベンチャーやSaaS企業において、プロダクトを作っているのはエンジニアです。
彼らと共通言語で話せなければ、適切な利用規約もプライバシーポリシーも作れません。

法務担当者に求められるのは、コードを書く能力ではなく、システム構造の基礎概念を理解する力です。

【対比表】エンジニアが「信頼する法務」と「敬遠する法務」の違い

テーマ・用語× IT解像度が低い法務(話が通じない・丸投げ)◎ IT解像度が高い法務(構造を理解しリスクを検知)なぜその知識が必要か?(法務的視点)
API連携
(他社サービスとのデータ接続)
「APIって何ですか? よくわからないので、とにかく個人情報が漏れないようにしてください
→ 抽象的すぎてエンジニアは困惑する。
「API連携の仕様書を見ました。当社から相手に渡るトークンに『ユーザーの氏名』は含まれますか? IDだけであれば第三者提供の同意は不要かもしれません」【個人情報の第三者提供】
「どのデータが」「どのタイミングで」他社に渡るかを理解しないと、個人情報保護法違反(同意なき提供)を見落とす。
サーバー・ログ
(データの保存場所・履歴)
「裁判になったら証拠が必要なので、すべてのデータを永久に保存してください
→ ストレージコストや検索性を無視した暴論。
「プロバイダ責任制限法の開示請求に備えて、**アクセスログとIPアドレスだけは最低3ヶ月(または6ヶ月)**残せますか? それ以外のログは削除でOKです」【証拠保全 vs コスト】
法的に「必須のデータ」と「不要なデータ」を仕分けることで、技術的な負担(サーバー代など)を減らしつつ法的義務を果たす。
Cookie・トラッキング
(広告・分析ツール)
「クッキー? お菓子のことですか? Webサイトのことは制作会社に任せているので…
→ 電気通信事業法改正などの規制に対応できない。
「マーケティングで外部の広告タグを入れるなら、改正電気通信事業法の『外部送信規律』への対応が必要です。ポップアップで通知を出しますか? 公表ページを作りますか?」【法改正への対応】
Webマーケティング技術(Cookie, SDK等)は法規制の最前線です。仕組みを知らないと、気づかぬうちに違法状態になります。

「技術の言葉」を覚えるメリット

エンジニアは、技術的な仕組みを理解しようとする姿勢を見せる相手には、非常に協力的になります。

  • 「API連携でどこまでデータが渡りますか?」
  • 「このクラウドサービス(AWS/GCP)のリージョン(データの保管国)は日本国内ですか?」

といった質問ができれば、「この法務の人はわかっている」と信頼を獲得できます。

結果として、開発の初期段階(上流工程)から相談が来るようになり、リリース直前になって「法的にNGだから作り直し」という最悪の事態(手戻り)を防ぐことができます。

「技術の言葉」を身につける3つのステップ

プログラミングができなくても大丈夫です。
法務担当者が『技術の言葉』を最短で身につけるには、以下の習慣を実践してください。

STEP1. 「知ったかぶり」を捨てて質問する

会議で「API」「リポジトリ」などの単語が出たら、その場でエンジニアに「素人の質問で恐縮ですが、それはどういう仕組みですか?」と聞いてください。技術へのリスペクトを持って教えを請う姿勢は、共通言語習得と同時に、エンジニアとの信頼関係構築の第一歩になります。

STEP2. 「仕組み」の図解本を1冊読む

コードの書き方ではなく、「インターネットの仕組み」や「サーバーとは何か」が絵で描かれている入門書(『非エンジニアのためのIT基礎』など)を1冊読むだけで、エンジニアの話す内容が劇的にイメージしやすくなります。

STEP3. 常に「データの流れ」を追う

技術用語を聞いた時、「ユーザーの入力データはどこを通って、どこに保存されるのか?」という**データの旅路(データフロー)**を想像する癖をつけてください。これができれば、個人情報漏洩や権利侵害のリスクポイントが自然と見えるようになります。

技術を「暗記」するのではなく、法的リスクを見つけるための「地図」として理解することが重要です。

3. 自分の分身を作る『ナレッジの資産化』

ベンチャー法務は慢性的なリソース不足です。
「同じような質問に、毎回1から答えている」ようでは、組織が拡大した時にパンクします。
いかに仕組化してしまうかが重要です。

【対比表】「自転車操業の法務」と「仕組み化する法務」の違い

シチュエーション× 苦しむ法務(情報の属人化・フロー型)◎ 楽になる法務(情報の資産化・ストック型)導入効果・メリット
よくある質問
(FAQ対応)
【毎回チャットで個別回答】
営業A「契約書の印紙って4000円でいい?」
営業B「秘密保持契約のひな形どこ?」
→ 毎日同じ質問に時間を奪われる。
【Wiki/Notionへの誘導】
「ここを見て」とWiki(社内ポータル)のURLを貼るだけで完了。
「印紙税額一覧表」や「ひな形ダウンロードリンク」を整理して公開しておく。
【自己解決率の向上】
社員が法務に聞く前に検索するようになり、法務の工数が激減します。夜間や休日でも現場が止まりません。
契約書のひな形
(バージョン管理)
【個人フォルダで管理】
「最新版は自分のPCに入っている」
→ 自分が休むと誰も契約書を出せない。
→ 古いひな形を誤って使われる事故が起きる。
【クラウドでの一元管理】
GoogleドライブやNotion等の共有フォルダに**「【最新】利用規約_v2.0」**として格納。
更新履歴も残し、常に全員が最新版を使える状態にする。
【脱・属人化】
「〇〇さんに聞かないとわからない」をなくすことで、担当者が不在でも、あるいは退職しても業務が回る強い組織になります。
トラブル対応
(クレーム・紛争)
【個人の記憶とメールのみ】
「あの時のクレーム、どう解決したっけ?」
→ 過去のメールを必死に検索する。
→ ノウハウが個人に蓄積され、共有されない。
【トラブル事例集の作成】
発生したトラブルの「経緯・法的な論点・最終的な解決内容(和解金など)」を**事例集としてデータベース化**する。
【再発防止と教育】
「過去に似た事例でこう解決した」というログがあれば、新任担当者でも適切な初動対応が可能になります。

解説:法務の究極の目標は「法務がいらない状態」

逆説的ですが、ベンチャー法務の理想は**「法務担当者がいなくても、日常業務が適法に回る状態」**を作ることです。

  • NotionやCrowiなどのドキュメントツールに情報を集約する。
  • Slackのbot機能で、特定のキーワード(「NDA」「印紙」など)に自動応答させる。

このように、自分の知識をデジタルデータとして「分身」させることができれば、人間は「前例のない新しい課題」や「複雑な経営判断」だけに集中できるようになります。これが、組織全体のリテラシーを底上げし、生産性を最大化する唯一の方法です。

「法務不要の先に待つ、3つの高付加価値業務

「仕組み化」によって定型業務から解放された時こそ、法務の真価が問われます。空いた時間で注力すべきは、AIやマニュアルでは代替できない**「未来を作る3つの領域」**です。

  • 戦略的法務(Legal Design) 新規事業に対し「違法だからNG」と止めるのではなく、「どうすれば適法に実現できるか」というスキームをゼロから構築する仕事です。道なき道に法的ロジックを通し、ブルーオーシャンを開拓します。
  • 有事の危機管理(Crisis Management) 炎上や訴訟など、過去データの通用しないトラブル対応です。法的正しさだけでなく、世論(レピュテーション)や経営への影響を総合的に判断し、経営者と共に「決断」を下す胆力が求められます。
  • ルールメイキング(Lobbying) 既存の法律が事業の壁になる場合、行政への働きかけやパブリックコメントを通じて、自社に有利なルール(規制緩和)を勝ち取る動きです。

事務作業員(オペレーター)を卒業し、経営のアクセルを踏む**「経営参謀」**へと進化すること。これこそが、代替不可能な高年収人材への最短ルートです。


【自己診断】あなたのITレベル早見表

面接では「ITスキルはありますか?」と聞かれるよりも、「普段どんなツールを使っていますか?」と聞かれることが多いです。以下のチェックリストで、現在地を確認してみましょう。

レベル状態ベンチャー適性
Lv.1Wordの変更履歴機能、Excelの基本関数が使える。△ 要キャッチアップ
最低限のスタートラインです。
Lv.2SlackやTeamsなどのチャットツール、Googleドライブなどのクラウドストレージを日常的に使っている。〇 即戦力
一般的なベンチャーであれば問題なく馴染めます。
Lv.3Notionでデータベースを作ったり、ChatGPTを業務効率化(壁打ちや要約)に使ったりしている。◎ 重宝されます
「テックに強い法務」として、IT系スタートアップで高く評価されます。

ベンチャー企業で「息をするように」使う3つのITスキル

プログラミングができる必要はありません。
しかし、以下の3つのリテラシーは、ベンチャーという高速道路を走るための「運転免許」として必須です。

  • チャットツールの作法(Slack / Chatwork)
    メールの「お世話になっております」は不要です。メンション(@)で必要な相手に通知を飛ばし、スタンプ一つで「確認」を返す。このリアルタイムなリズムに乗れないと、情報はいつまでも自分のところで滞留してしまいます。
  • クラウド・同時編集の活用(Google Workspace / Notion)
    Wordファイルをメール添付で送るのは時代遅れです。URLを共有し、ブラウザ上でチーム全員が同時編集して議事録や規約を作り上げるスキルが求められます。「どれが最新版かわからない」という状況自体が、ベンチャーではリスクです。
  • エンジニアとの共通言語
    「API」「ログ」「サーバー」といった基礎用語の理解です。コードは書けなくても、自社サービスの「データの流れ(データフロー)」をイメージできなければ、実効性のある利用規約やプライバシーポリシーは作れません。

データフローとは、情報が「取得→保存→外部提供→廃棄」されるまでの**「データの旅路」**のことです。
法務担当者は、単に「個人情報」という単語を見るのではなく、
「ユーザーが入力した氏名は、どこのサーバー(国内/国外)に保存され、API連携でどの他社ツールに渡るのか?」
という具体的な経路を把握する必要があります。この地図を描けていないと、第三者提供の同意漏れなどの違法状態を見落とします。

ITツールは単なる道具ではなく、ベンチャー企業の「公用語」です。これを習得することが、信頼への第一歩となります。

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