【弁護士監修】業務マニュアルは「会社の防具」。法的リスクを減らす作成手順と3つの注意点

ウェブサイト記事「業務マニュアルは『会社の防具』。法的リスクを減らす作成手順と3つの注意点」のアイキャッチ画像。弁護士が、マニュアルを盾に見立て、作成プロセス(計画・作成・周知・運用)と法的リスク低減のための3つのポイント(法令遵守・具体性・定期的見直し)を解説している様子を描いたインフォグラフィック。 ベンチャー法務とは
弁護士町田北斗

ベンチャー起業の法務を専門とし、社内弁護士として企業の成長を法的側面から支えています。
当サイトでは、単なる事務処理ではない「経営に貢献できる法務」になるための実務ノウハウを公開。
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「仕事のやり方が担当者によってバラバラ」
「ベテラン社員が辞めると、業務が回らなくなる」

ベンチャー・中小企業において、業務の属人化は深刻な課題です。
これを解決するために「業務マニュアル」の作成は必須ですが、弁護士の視点から見ると、マニュアルにはもう一つ重要な役割があります。

それは、**「法的リスク管理(リスクマネジメント)」**の役割です。

マニュアルの内容が不適切であったり、実態と乖離していたりすると、労務トラブルや事故が起きた際に「会社側の過失」を問われる証拠になってしまうことさえあります。

本記事では、効率化だけでなく「会社を守る」ための業務マニュアル作成のポイントと注意点を解説します。

  1. 0.マニュアル作成の鉄則:解釈の余地を徹底的に排除する
    1. マニュアル作成における「具体化」の比較表
  2. 1. なぜ「マニュアル」が法的リスクを下げるのか
    1. ① 労務トラブル時の証拠になる
      1. 【表:能力不足社員への対応における「業務マニュアル」の証拠価値】
    2. ② コンプライアンス違反の防止
      1. 【表:コンプライアンス違反防止における「業務マニュアル」の効力】
    3. ③ 営業秘密の保護
      1. 【表:営業秘密保護における「マニュアル管理」の法的効果】
  3. 2. 失敗しない業務マニュアル作成 3ステップ
    1. ステップ① 業務の棚卸しと可視化
      1. 表:業務の棚卸しと可視化による「脱・属人化」と「ガバナンス強化」】
    2. ステップ② 判断基準(OK/NGライン)の明記
      1. 【表:クレーム対応マニュアルにおける「判断基準」と「権限」の明確化】
    3. ステップ③ 法務・専門家によるチェック
      1. 【表:現場の「慣習マニュアル」に対する法務チェックと修正事例】
  4. 3. ここが危険! 作成時の法的注意点(NG例)
    1. 注意点① 就業規則や法令との矛盾
    2. 注意点② 「更新忘れ」による事故
    3. 注意点③ 閲覧権限の管理(秘密保持)
  5. 4. 運用:マニュアルは「作って終わり」ではない
    1. 【表:マニュアルの「周知・研修」におけるNG運用とOK運用】
  6. まとめ:法務視点を入れたマニュアル整備を

0.マニュアル作成の鉄則:解釈の余地を徹底的に排除する

マニュアル作りで最も陥りやすい罠は、表現の曖昧さです。
「適切に対応する」などといった多義的な言葉は、読み手の解釈に依存するため、ミスや認識齟齬の温床となります。

実効性のあるマニュアルにするためには、**「誰が(主語)」「いつ(条件・期限)」「何をするか(動作)」**を、誰が読んでも1通りの行動にしかならないレベルまで具体的に言語化する必要があります。

:①ユーザーから申込書を受けとった社員を当該ユーザーの担当者とする。当該担当者は、●階の複合機でコピーをとって、コピーをユーザーに手渡す。原本は、退勤まで申込書BOXに提出する。

マニュアル作成における「具体化」の比較表

定めるべき要素曖昧な記述(NG例)具体的な記述(OK例)法務・実務上の効果
誰が
(主語・責任者)
「担当者が対応する」「その日の電話当番が」
「課長以上の役職者が」
責任の所在が明確になり、タスクの**「落球(ポテンヒット)」**を防ぐ。
誰に責任を問うべきかが特定できる。
いつ
(期限・条件)
「早めに」
「状況に応じて」
「トラブル発生から30分以内に」
**「請求金額が10万円を超える場合」**
業務遅延や違反の有無を客観的数値で判断できる。
「遅い」という主観的な評価トラブルを回避する。
何を・どうする
(動作・ツール)
「適切に報告する」
「丁寧に説明する」
「指定のチャットツールで第一報を入れる」
「トークスクリプト第3項を読み上げる」
業務品質のバラつき(属人化)をなくす。
指示通りの行動をしなかった場合、明確な**「業務命令違反」**として指導できる。
判断基準
(完了条件)
「お客様が納得するまで」
「常識の範囲内で」
「謝罪は2回までとし、解決しない場合は上長へ交代する」現場担当者の心理的負担を減らし、不当要求(カスハラ)による**長時間拘束や言質を取られるリスク**を防ぐ。

1. なぜ「マニュアル」が法的リスクを下げるのか

マニュアル整備は、単に新人が早く育つというメリットだけではありません。
法的には以下の3つの防御効果があります。

① 労務トラブル時の証拠になる

能力不足の社員を指導する際、マニュアルがあれば「会社が求める業務水準(スタンダード)」が明確になります。「マニュアル通りに業務を行わなかった」という事実は、指導や懲戒処分、あるいは解雇の正当性を判断する際の重要な客観的証拠となります。

【表:能力不足社員への対応における「業務マニュアル」の証拠価値】

対応プロセスマニュアルの役割(事実の特定)法的・実務的な意義(証拠価値)
① 業務水準の提示**「会社が求める合格ライン(スタンダード)」**を可視化する。裁判等において、「会社は従業員に何を求めていたか」という**契約内容(債務の本旨)**を客観的に立証できる。
② 能力不足の認定「マニュアルの手順Aを行わなかった」「基準Bを満たさなかった」という**事実との乖離(ギャップ)**を明確にする。上司の「主観的な好き嫌い」ではなく、**「客観的な業務不履行」**であることを示す決定的な証拠となる。
③ 指導・教育マニュアルに基づき具体的な改善点を指摘し、反復して指導を行った記録を残す。会社側が**「解雇回避努力(教育・指導)」**を十分に尽くしたことの証明になる。
④ 処分・解雇上記①〜③を経ても改善が見られない場合、就業規則に基づく処分の根拠とする。合理的理由のない「不当解雇」との主張を退け、処分の社会的相当性を補強する材料となる。

② コンプライアンス違反の防止

「知らなかった」による法令違反を防げます。例えば、契約書の締結フローや下請法に関するルールをマニュアル化しておくことで、現場社員の独断による違法行為を未然に防ぎ、会社としての「善管注意義務(管理監督責任)」を果たしている証明になります。

【表:コンプライアンス違反防止における「業務マニュアル」の効力】

リスク局面マニュアルの機能(抑止力)法的効果・メリット(会社防衛)
契約締結・発注**「誰が・いつ・どう決裁するか」**という権限とルール(契約締結フロー)を可視化・固定化する。現場社員の独断による契約締結や、不利な条項の黙認を防ぐ。また、内部統制システムが機能している証明となる。
下請法・業法対応「発注書面への記載必須事項」や「支払サイトの制限」など、複雑な法令ルールを実務手順に落とし込む。「知らなかった」「うっかり忘れた」による法令違反(形式的違反)を物理的に防ぎ、行政指導や勧告のリスクを低減する。
不正発生時の対応禁止事項と手順を明記することで、会社として**「やってはいけないこと」**を従業員に周知徹底した実績を作る。万が一、従業員が暴走して違法行為を行った際、会社側の監督責任(善管注意義務違反)を問われた時の反証材料となる。

③ 営業秘密の保護

独自のノウハウが詰まったマニュアルを「社外秘」として適切に管理することで、万が一社員が競合他社に情報を持ち出した際、不正競争防止法に基づく差止請求や損害賠償請求が可能になります。

【表:営業秘密保護における「マニュアル管理」の法的効果】

管理アクション法的な意味(秘密管理性)万が一の流出時の法的措置
「社外秘」の明示マニュアルに部外秘・社外秘を明記することで、「秘密情報」と「一般情報」を明確に区分する。従業員が「秘密だとは知らなかった」という言い逃れを防ぎ、持ち出しの**違法性(故意)**を立証しやすくなる。
アクセス制限パスワード管理や施錠保管を行い、許可された者しか閲覧できない状態にする。客観的に「秘密として管理されている」と認められ、不正競争防止法の**「営業秘密」の要件**を満たす可能性が高まる。
誓約書の取得入退社時に「マニュアルの内容を漏洩しない」旨の秘密保持誓約書を取得する。競合他社への持ち出しが発生した際、差止請求権損害賠償請求権を行使するための強力な法的根拠となる。

2. 失敗しない業務マニュアル作成 3ステップ

いきなり完璧なものを作ろうとせず、まずは運用ベースに乗せることを目指します。

ステップ① 業務の棚卸しと可視化

誰がどのような業務を行っているか、タスクを洗い出します。 ここで重要なのは、「暗黙の了解」を言語化することです。「常識の範囲内で対応する」といった曖昧な表現は避け、「Aの場合はBをする」と条件分岐を明確にします。
通常のフローの流れや時系列が前後しないように定めていくと、現場の混乱を回避できます。

表:業務の棚卸しと可視化による「脱・属人化」と「ガバナンス強化」】

改善プロセス暗黙の了解(Before)言語化・構造化(After)法務・経営上のメリット
タスクの洗い出し「なんとなくAさんがやっている」
(担当者が休むとブラックボックス化)
**「誰が・いつ・何を」**行っているか、全タスクをリスト化し、業務フロー図に落とし込む。業務の属人化を解消し、誰でも一定の品質を保てる**「再現性」**を確保する(事業継続計画/BCPの観点)。
曖昧語の排除「常識の範囲内で対応する」
「早めに報告する」
(個人の感覚に依存)
「24時間以内に一次回答する」
「クレーム発生後30分以内に報告する」と数値や期限で定義する。
「善管注意義務」の基準を明確にし、業務品質のバラつきや、認識齟齬によるトラブルを未然に防ぐ。
条件分岐の明確化「状況を見て判断する」
(現場の裁量が不明確)
「金額が10万円未満なら課長決済、10万円以上なら部長決済」
(If A then Bの論理構造)
職務権限規程と実務をリンクさせ、**「内部統制(ガバナンス)」**を効かせる(上場審査で重要視されるポイント)。

ステップ② 判断基準(OK/NGライン)の明記

単なる手順だけでなく、「やってはいけないこと(禁止事項)」を明記します。

  • 例: クレーム対応マニュアルであれば、「お客様の話を遮らない」といった行動指針に加え、「返金については現場判断せず、必ず上長に確認する」といった権限規定を盛り込みます。

【表:クレーム対応マニュアルにおける「判断基準」と「権限」の明確化】

基準のカテゴリマニュアルへの記載例(OK/NGライン)法務的な狙い・リスク管理
行動指針
(マナー・態度)
【NG】 お客様の話を途中で遮る。
【OK】 まずは相手の言い分を全て傾聴する。
感情的な対立を避け、二次クレーム(炎上)を防ぐ。
※ここは「現場のCS(顧客満足)向上」の領域。
権限規定
(決裁・金銭)
【NG】 現場の判断で「返金します」と口頭約束する。
【OK】 金銭対応は必ず課長以上の承認を得る。
現場担当者による**「無権代理」**的な行為や、不適切な利益供与を防ぐ。
会社としての意思決定プロセスを遵守させる。
法的防御
(責任の所在)
【NG】 その場で「弊社の責任です」と断言する。
**【OK】** 「事実関係を確認します」と留める。
安易な謝罪が、後の訴訟で**「過失の自認(債務の承認)」**と取られないよう、法的リスクをコントロールする。

ステップ③ 法務・専門家によるチェック

作成したマニュアルが、労働基準法や業界ごとの業法に違反していないかを確認します。現場の慣習で作ったマニュアルが、実は違法だったというケースは少なくありません。

【表:現場の「慣習マニュアル」に対する法務チェックと修正事例】

カテゴリ現場で作られたマニュアル(NG例)法的な問題点(根拠法)法務チェック後の修正内容(OK例)
勤怠・休憩
(労働基準法)
「昼休憩中も電話番を行い、電話が鳴ったら必ず対応すること」休憩時間は「労働から完全に解放」されていなければならず、手待時間は労働時間とみなされる(労基法第34条)。「休憩中は留守番電話設定にする」または「電話当番の時間は労働時間としてカウントし、休憩時間を別途付与する」よう修正。
営業・広告
(景表法・特商法)
「お客様に安心してもらうため、『絶対に損はさせません』と言い切ってクロージングする」不確実な将来に対して断定的判断の提供を行うことは禁止されている(消費者契約法・金融商品取引法など)。「メリットだけでなくリスクについても必ず説明し、その説明記録を残す」手順に変更し、使用禁止ワードリストを添付。
下請取引
(下請法)
「資金繰りのため、下請業者への支払いは『当社の入金確認後』に支払うフローとする」親事業者の都合で支払日を遅らせることはできず、受領から60日以内に定めなければならない(下請法 遅延利息の発生)。「請求書受領後、翌月末日払い」など、法定の支払サイトを遵守した経理フローに修正。

3. ここが危険! 作成時の法的注意点(NG例)

良かれと思って作ったマニュアルが、逆に会社の首を絞めることがあります。

注意点① 就業規則や法令との矛盾

マニュアルは会社のルールブックですが、法的な効力順位は「法令 > 就業規則 > マニュアル」です。

  • NG例: 就業規則では「残業は事前許可制」となっているのに、マニュアルに「業務が終わるまでは帰宅してはならない(と読み取れる記述)」がある。
    • リスク: 実質的な強制労働や、黙示の残業命令があったとみなされ、未払い残業代請求の有力な証拠になってしまいます。

注意点② 「更新忘れ」による事故

業務内容は変わったのに、マニュアルが古いまま放置されているケースです。

  • リスク: 新人が古いマニュアル通りに作業して事故を起こした場合、会社側は「マニュアル通りにやった社員」を責めることが難しくなります。安全配慮義務違反として、会社の責任が重くなる可能性があります。

注意点③ 閲覧権限の管理(秘密保持)

すべてのマニュアルを全員が見られる状態にするのは危険です。

  • リスク: 顧客リストの管理方法や独自の製造ノウハウなど、機密性の高い情報は閲覧できる社員を限定(アクセス制限)し、「秘密」であることを明示する必要があります。これを行わないと、情報漏洩時の法的保護が受けにくくなります。

4. 運用:マニュアルは「作って終わり」ではない

マニュアルを作成したら、必ず**「周知・研修」**を行ってください。 「サーバーに入れておいたから読んでおいて」だけでは不十分です。

「いつ、誰に対して、どのマニュアルを用いた研修を行ったか」という記録(研修実施記録)を残すことが、万が一の事故やトラブルの際に「会社は十分な教育を行っていた」という抗弁になります。

【表:マニュアルの「周知・研修」におけるNG運用とOK運用】

運用フェーズやりがちな対応(法的リスクあり)法務が主導すべき運用(OK例)トラブル時の法的効果(証拠価値)
周知・配布「共有サーバーに入れたので、各自見ておくこと」とチャット等で流して終了。閲覧ログが残るツールで配布するか、「受領確認書」への署名や同意ボタン等で、アクセスした事実を確定させる。懲戒処分等の際、従業員側からの「そんなルールがあるとは知らなかった」「見ていない」という反論(不知の抗弁)を封じることができる。
教育・研修具体的な説明会を開かず、「各自自習」任せにする。マニュアルを用いた読み合わせ研修を実施し、質疑応答や理解度テストを行う。業務上のミスや事故が発生した際、会社として**「十分な教育・指導義務」や「安全配慮義務」**を果たしていた証明になる。
記録の保存カレンダーに「研修」の予定があるだけで、実施の証跡がない。**「日時・場所・講師・使用資料・参加者名簿(署名)」**が揃った研修実施報告書を作成・保管する。訴訟や行政調査において、会社が形式だけでなく**「実質的にコンプライアンス体制を運用していた」**ことの客観的証拠となる。

まとめ:法務視点を入れたマニュアル整備を

業務マニュアルは、企業の生産性を高めるエンジンであると同時に、トラブルから身を守る盾でもあります。

「現場で作ったマニュアルに法的な落とし穴がないか心配だ」「これから組織化を進めるにあたり、就業規則とセットでルールを整備したい」という経営者様は、ぜひ一度、弁護士にご相談ください。現場の実態に即しつつ、法的リスクをカバーした体制構築をサポートいたします。

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