企業法務の世界で経験を積むと、ある種の「壁」に突き当たることがあります。 それは、どれだけ深くビジネスに関与しても、最終的な決裁者は自分ではないという**「参謀」としての限界**です。
しかし、あなたがこれまでに培った高度なリーガルマインド、リスク管理能力、そしてビジネス構造への深い理解は、実は**「経営者(CEO/COO)」として成功するための最強の武器**になり得ます。
今回は、法務キャリアの最終形態とも言える【超上級編】として、法務の枠を超え、自らがビジネスの主体となる道について解説します。
0.法務・弁護士出身の起業家・経営者(国内外10選)
国内・国外の法務出身(弁護士資格保持者、または法務実務経験者)の経営者・投資家を10名紹介します。
彼らは皆、リーガルの専門性を「守り」に留めず、「構造把握能力」や「リスクテイクの根拠」として活用し、巨万の富とインパクトを生み出しています。
1. 日本国内(Domestic)
日本のリーガルエリートは、LegalTechでの起業や、投資家(VC)としてエコシステムを作る側に回るケースが目立ちます。
| 名前 | 肩書き / 企業 | 法務バックグラウンド | キャリア転換のキーポイント(法務の武器化) |
| 元榮 太一郎 | 弁護士ドットコム 創業者・会長 | 弁護士 (アンダーソン・毛利・友常 出身) | 【非合理の解消】 「弁護士を探す手段がない」という情報の非対称性(市場の負)に気づき、広告規制の壁を適法なロジックで突破してプラットフォーム化。 |
| 伊佐山 元 | WiL Co-Founder / CEO | 弁護士 (西村あさひ 出身) | 【構造設計力】 日米の法実務を経てシリコンバレーへ。法的思考を「ビジネススキームの設計」に応用し、大企業とスタートアップを繋ぐ巨大ファンドを組成。 |
| 角田 望 | LegalOn Technologies 創業者・CEO | 弁護士 (森・濱田松本 出身) | 【知見のプロダクト化】 M&Aや企業法務で感じた「契約書レビューの非効率」を、自然言語処理技術(AI)とかけ合わせ、労働集約型からSaaS型ビジネスへ転換。 |
| 橘 大地 | 弁護士ドットコム 取締役 (クラウドサイン 事業責任者) | 弁護士 (サイバーエージェント法務 出身) | 【規制のハック】 「ハンコ文化」という慣習に対し、「電子署名法」の定義を再解釈して市場に提示。法務部の中から新規事業を立ち上げた社内起業家のモデル。 |
| 山岸 量 | 鎌倉投信 代表取締役社長 | 弁護士 (法テラス等 出身) | 【社会的公正の実装】 弁護士として企業の破綻処理等に関わった経験から「良い会社とは何か」を問い直し、金融工学ではなく「社会善」に投資する独自の投資信託モデルを確立。 |
2. 海外(Global)
米国では、法務出身者がテック、金融、投資のトップに立つことは珍しくありません。「ディールメーカー」としての能力が経営に直結しています。
| 名前 | 肩書き / 企業 | 法務バックグラウンド | キャリア転換のキーポイント(法務の武器化) |
| Peter Thiel (ピーター・ティール) | PayPal 創業者 Founders Fund パートナー | 法学博士 (J.D.) Sullivan & Cromwellで実務経験 | 【逆張り戦略】 法律家としての競争社会に幻滅し、競争のない市場(独占)を目指す「Zero to One」思想へ。法や社会構造のバグを見抜く力は法学教育の賜物。 |
| Lloyd Blankfein (ロイド・ブランクファイン) | Goldman Sachs 元CEO・会長 | 法学博士 (J.D.) Donovan Leisure等で税務弁護士 | 【リスク管理の最高峰】 税務弁護士としての緻密なリスク計算能力を武器にトレーダーへ転身。リーマンショックを生き残ったゴールドマンの舵取り役として君臨。 |
| David Rubenstein (デビッド・ルーベンスタイン) | The Carlyle Group 共同創業者 | 弁護士 Paul, Weiss等で実務経験 | 【政官財の調整力】 法律と政治(カーター政権補佐官)の経験を活かし、規制産業や政府系案件に強いプライベート・エクイティ(PE)ファンドの巨人を築く。 |
| Chris Sacca (クリス・サッカ) | Lowercase Capital 創業者 (Uber/Twitter初期投資家) | 弁護士 Fenwick & West等で実務経験 | 【もめごとの解決】 Googleの法務部隊として活躍後、投資家へ。紛争解決能力と契約交渉力を活かし、カオスな初期スタートアップの権利関係を整理して成長させた。 |
| Charlie Munger (チャーリー・マンガー) | Berkshire Hathaway 元副会長 | 弁護士 Munger, Tolles & Olson 創設 | 【複眼的思考】 「格子モデル(Latticework)」と呼ばれる思考法で、法律だけでなく心理学や経済学を統合。バフェットの参謀でありながら、偉大な投資家(主役)として尊敬を集めた。 |
1. 「自分の時間を売る」からの脱却:法務知見のプロダクト化

弁護士や法務担当者の多くは、自身の専門知識と時間を切り売りする「労働集約型」の働き方をしています。しかし、起業家・経営者へのシフトは、この構造を根本から変えることを意味します。
LegalTech・BPO事業の創出
あなたが日々の業務で感じている「不(不便・不安・不透明)」は、業界全体の課題でもあります。
- SaaS(Software as a Service): 契約管理、コンプライアンスチェック、登記業務などを自動化するプロダクトを開発する。
- プラットフォーム構築: 専門家と企業をマッチングさせる、あるいは法務ナレッジを共有する仕組みを作る。
自身がユーザーであったからこそ分かる「痒い所に手が届く」ソリューションを開発し、**「自分が動かなくても価値を生み出し続ける仕組み」**を構築する。これが、法務出身者が起業する際の王道かつ強固なアプローチです。
法務知見のプロダクト化(SaaS・プラットフォーム)の具体例
この表は、法務実務家が日々感じている「負(ペイン)」を、どのようにして「自分が動かなくても回るビジネス」へと昇華させるかを示したものです。
| ターゲット領域 | 現場にある課題 | プロダクト・ソリューション具体案 | 収益構造の転換(「時間」から「仕組み」へ) |
| 契約・取引 (Vertical SaaS) | 「業界特有の慣習が複雑すぎる」 汎用的な契約書が使えず、毎回手作業で修正が必要。 (例:建設、エンタメ、不動産など) | 業界特化型 契約作成・管理クラウド 業界特有の法規制や商流をロジックとして組み込み、質問に答えるだけで最適化された契約書が生成・締結できるシステム。 | タイムチャージ ↓ SaaSサブスクリプション (月額利用料×社数) |
| コンプライアンス (RegTech) | 「チェック業務がモグラ叩き」 広告表現(薬機法・景表法)や反社チェックなど、膨大かつ定型的な確認作業に忙殺される。 | AIリスク検知・自動監修ツール 過去の事例や最新のガイドラインを学習させたAIが、ドラフト段階でリスクを即時判定し、代替案を提示する。 | スポット調査費用 ↓ API利用料・従量課金 (自動処理件数に応じた課金) |
| ガバナンス (Corporate Ops) | 「会議体運営が形骸化・アナログ」 取締役会議事録の作成、押印リレー、株主名簿管理などが散在し、管理コストが高い。 | スマート・ボード・マネジメント 招集通知から議事録の自動生成、登記申請書類の連携までを一元管理する経営会議DXプラットフォーム。 | 顧問料(アドバイス) ↓ プラットフォーム利用料 (企業規模やユーザー数に応じた課金) |
| 紛争解決 (ODR / Legal Process) | 「少額トラブルの泣き寝入り」 弁護士費用が割に合わず、放置される債権回収やネット誹謗中傷などの少額被害。 | オンライン紛争解決(ODR)システム 定型的な通知書発送から、簡易的な交渉プロセスまでを自動化・オンライン完結させる仕組み。 | 着手金・報酬金 ↓ トランザクション手数料 (解決件数や処理件数ごとの手数料) |
| 教育・ナレッジ (EdTech / Knowledge) | 「同じ質問への回答繰り返し」 法改正のたびに全社員へ同じ研修を行い、同じような初歩的な質問に個別対応している。 | インタラクティブ法務研修SaaS 法改正対応のeラーニングに加え、社内規程を読み込ませたチャットボットが従業員の質問に24時間自動回答。 | 研修講師料・相談料 ↓ コンテンツ配信・ライセンス料 (ナレッジのストック収益化) |
解説:ビジネスモデルの「質」を変える
上記の表で注目すべきは、右側の「収益構造の転換」です。
従来、我々法律家の収益上限は「単価 × 稼働時間」で決まっていました。しかし、自身の知見をコード(プログラム)やコンテンツに置き換えることで、あなたが寝ている間も、世界中のクライアントに対して価値を提供し続けることが可能になります。
「自分しかできない高度な判断」は高単価なアドバイザリーとして残しつつ、それ以外の「パターン化できる知見」をすべてプロダクト化して切り離す。これこそが、労働集約型の法務を脱し、経営者としてスケールするための第一歩です。
2. 「参謀」から「主役」へ:規制産業で勝つための攻撃的法務

法務としての最大の武器は、「ルールを知り尽くしていること」です。多くの経営者が法規制を「障壁」と捉えるのに対し、法務出身の経営者はそれを**「競合優位性(Moat)」**に変えることができます。
規制の「隙間」と「緩和」を突く
金融(Fintech)、医療(Medtech)、不動産、人材紹介などの規制産業において、法務出身CEOは無類の強さを発揮します。
- 適法性のロジック構築: 「グレーゾーン」と言われる領域に対し、適法となるロジックを緻密に組み上げ、他社が参入を躊躇する市場を独占する。
- ルールメイキング: 政府や官公庁と交渉し、自社に有利な形での規制緩和やルール形成を主導する。
ここでは、リスクを指摘して止めるのではなく、「リスクを取ってでも、このロジックで市場を取りに行く」と決断し、全責任(PL責任)を負う覚悟が求められます。「守り」のスキルが、最強の「攻め」の駆動力に変わる瞬間です。
規制産業における「参謀」と「主役」の思考格差
この表は、同じ法規制を前にした時、従来の法務担当者と法務出身経営者(CEO)で、見えている景色と取るべきアクションがいかに異なるかを対比したものです。
| 産業・領域 | 従来の法務(参謀)の思考「それは法律上、できません」 | 起業家・経営者(主役)の思考「こうすれば、適法に独占できます」 | 実践する「攻撃的法務」戦略 |
| Fintech (給与前払い・送金・決済) | 【障壁と捉える】 「貸金業法や資金決済法に抵触する恐れがあるため、このスキームはリスクが高すぎて承認できません」 | 【参入障壁(Moat)にする】 「他社が恐れるこの規制こそが守りだ。貸付けではなく『債権譲渡』のロジックを組み、規制の適用外であることを証明する」 | ロジックの再構築 既存の法形式に当てはまらないスキームを構築し、ノーアクションレター制度やグレーゾーン解消制度を活用して「白」を確定させる。 |
| Mobility / Sharing (電動キックボード・ライドシェア) | 【現行法を遵守する】 「道路交通法や道路運送法上、公道での走行や白タク行為は違法です。法改正を待つべきです」 | 【特例を作り出す】 「現行法が追いついていないなら、実証実験で安全性を証明し、新しい『車両区分』を国に作らせればいい」 | ルールメイキング 「規制のサンドボックス制度」を利用して期間限定・エリア限定で事業を行い、そのデータを元に官公庁へ働きかけ、法改正を主導する。 |
| Healthcare / Medtech (オンライン診療・医療データ) | 【形式基準で判断する】 「医師法20条(無診察治療の禁止)があり、対面原則は絶対です。オンライン完結は不可能です」 | 【本質的価値で判断する】 「法の趣旨は『患者の安全』だ。対面と同等の安全性が担保できる技術的根拠があれば、対面の定義を拡張できるはずだ」 | 解釈のアップデート 厚労省のガイドライン改定の議論に参加し、パブリックコメント等を通じて、テクノロジーの実態に即した法解釈への変更を促す。 |
| Web3 / Crypto (トークン発行・DAO) | 【保守的に回避する】 「金商法の規制対象になる可能性が高く、金融庁との折衝も難航します。国内での発行は避けましょう」 | 【真正面から突破する】 「日本法準拠でホワイトリスト入りすること自体が、世界的な信頼(ブランド)になる。厳しい審査をクリアする体制を作ろう」 | コンプライアンスのブランド化 世界一厳しいと言われる日本の規制をクリアしたことを逆にマーケティングの武器とし、機関投資家や大手企業の参入を促す。 |
解説:PL(損益)責任を負うということ
参謀としての法務は、往々にして「適法か違法か」を判定し、「違法のリスクがある」と告げることで職責を果たします。しかし、主役(経営者)に求められるのは判定ではありません。**「決断」**です。
「黒に近いグレーだが、このロジックなら戦える。もし当局から指摘を受けたら、私が法廷で戦い、あるいはビジネスモデルを修正する。その間の損失も全責任を負う」
この**「法的リスクを経営リスクとして引き受け、リターンに変換する胆力」**こそが、法務出身者が経営者へと脱皮する瞬間に必要なマインドセットなのです。
3. 当事者としての資本政策とチームビルディング

アドバイザーとして契約書をレビューするのと、創業者としてその契約書にサインするのとでは、見える景色が全く異なります。
投資家(VC)との対峙
資金調達において、法務で培った交渉力は大きな武器になります。しかし、重要なのは条項の勝ち負けだけではありません。
- エクイティ・ストーリー: 事業の成長性を論理的に語り、投資家を熱狂させる。
- ガバナンスとキャップテーブル: 将来のIPOやM&Aを見据え、初期段階から健全な資本構成を設計する。
リーガルチェックの視点ではなく、**「どうすれば会社が生き残り、成長できるか」**という視点で投資家と向き合い、仲間を引き入れ、強い組織を作り上げる。これこそが、法務の枠を超えた経営者の醍醐味です。
契約書の「レビュワー」と「署名者(創業者)」の視座の違い
この表は、同じ資本政策や組織づくりにおいて、第三者(顧問弁護士)としての正解と、当事者(起業家)としての正解がいかに異なるかを示したものです。
| 局面・テーマ | レビュワー(顧問弁護士)の視点「法的にリスクを最小化する」 | 創業者(当事者)の視点「事業の生存確率を最大化する」 | 経営者としての「決断」アクション |
| VCからの出資 (投資契約書) | 【条項の勝ち負け】 「表明保証が広すぎます。拒否権条項は経営の自由度を奪うため削除すべきです。修正案を出します」 | 【パートナーシップと速度】 「多少厳しい条件でも、このVCが入れば次の調達が楽になる。今は細かい条項修正で時間を浪費するより、着金を急ぐべきだ」 | 損して得取れ(Give and Take) 致命的な条項(買戻し等)以外は飲み、その代わりに追加のハンズオン支援や次回ラウンドでのリード投資を約束させる「握り」を行う。 |
| 資本政策表 (Cap Table) | 【持分比率の計算】 「創業者持分が60%を下回ると支配権が不安定になります。これ以上の放出は控えるべきです」 | 【パイの拡大】 「自分が100%持つ小さな会社より、自分が10%しか持たないが時価総額1000億の会社の方が価値がある」 | あえて放出する 優秀なCFOやCOOを招聘するためなら、自分の身を削ってでも魅力的なオファーを出し、最強のチームを作るための「軍資金」として株を使う。 |
| ストックオプション (インセンティブ) | 【適格要件と制度設計】 「税制適格の要件を満たす設計にします。付与契約書には退職時の権利放棄条項を厳格に定めます」 | 【夢と魂の共有】 「これは単なる報酬制度ではない。社員を『従業員』から『同志(株主)』に変えるための招待状だ」 | 採用兵器としてのSO 法的な建付けは守りつつも、信託型SOなどのスキームを駆使し、創業初期のリスクを共にするメンバーに報いる大胆な配分を実行する。 |
| 共同創業者間契約 (株主間契約) | 【紛争予防】 「仲違いした際の株式買取条項や、競業避止義務を詳細に規定し、トラブルに備えます」 | 【背中を預ける覚悟】 「契約書で縛り合う関係なら最初から組まない。だが、万が一会社を去る時は、残るメンバーに株を戻すのが『仁義』だ」 | リバースベスティング 「会社に貢献した期間」に応じて株が確定する仕組みを導入し、感情論ではなくシステムで公平性を担保しつつ、全幅の信頼を寄せる。 |
解説:契約書にサインする手の震えを知る
弁護士として他人の契約書を修正するとき、そこに「痛み」はありません。しかし、創業者として連帯保証の欄や、全財産を投じた会社の命運を左右する投資契約にサインするとき、ペン先には強烈な重圧(プレッシャー)がかかります。
その重圧の中で、「法的にはB案が安全だが、会社を飛躍させるためにあえてリスクのあるA案を選ぶ」という判断ができるか。
優秀な法務パーソンほど、この「安全な港から船を出す」瞬間に躊躇します。しかし、そこを乗り越え、「リーガルマインド」を「ビジネスの羅針盤」として使いこなしたとき、あなたは最強の経営者になれるのです。
4. まとめ:リーガルマインドを「経営」というアートへ
法務のプロフェッショナルが、アドバイザーの座を捨てて経営の現場に出ることは、決して無謀な挑戦ではありません。むしろ、**「ブレーキの性能を熟知しているからこそ、誰よりもアクセルを強く踏める」**のです。
- 自らの法務知見をプロダクトに変える。
- 法規制を逆手に取り、参入障壁を築く。
- 自らの責任でリスクを取り、市場を切り拓く。
もしあなたが、日々の契約書修正やリスク指摘に「物足りなさ」を感じているなら、それはあなたが次のステージ――**「ビジネスの創造主」**へと進化する合図かもしれません。


