「法務に契約書を回すと、いつ返ってくるかわからない」
「リスクばかり指摘されて、ビジネスが前に進まない」
ベンチャー企業や中小企業の現場で、営業部門や経営陣からこのような不満が出ることは少なくありません。しかし、法務担当者としても「会社を守るために、適当なチェックはできない」というジレンマがあるはずです。
私は普段、弁護士として多くのベンチャー・中小企業の法務支援を行っていますが、成長する企業の法務には共通点があります。それは**「契約審査のスピードが圧倒的に速い」**ということです。
今回は、決して「雑」にするのではなく、質を保ちながらスピード間のある契約審査を行うための思考法とテクニックを解説します。
1. なぜベンチャー法務に「スピード」が命なのか
大企業であれば、幾重もの決裁フローを経て1週間かけて契約書を確認することも許されるかもしれません。しかし、ベンチャーや中小企業において、時間は最も貴重なリソースです。
完璧な契約書でも、提出が遅すぎて破談になれば0点です。**「60点のリスクヘッジでも、即座に出してビジネスを成立させる」**という経営判断が必要な場面も多々あります。
2. スピード審査を実現する「3つの鉄則」
私が実践しているスピードアップの秘訣は、条文を「読む前」と「読んでいる最中」の意識にあります。
① 全体を読む前に「取引のゴール」と「パワーバランス」を把握する
いきなり第1条から読み始めてはいけません。まずは事業担当者に以下の3点を確認します。
- この取引で一番恐れているリスクは何か?(商品未納? 情報漏洩? 支払遅延?)
- 相手との力関係は?(こちらが買ってもらう側? それとも対等?)
- 業務フローの実態に即しているか?(実態と乖離していないか?)
- 取引先に対して、どれだけ強い交渉ができるか?(パワーバランスの強弱)
これを知るだけで、「絶対に譲れない条項」と「妥協してもいい条項」「無視して良い条項」のあたりがつきます。強弱をつけて読むことで、審査時間は大幅に短縮されます。
会社に与えるリスクの影響度と発生確率を大まかに見積ることで、誰に対しても分かり易く説明することが可能となります。

② 「プレイブック(修正基準)」を脳内に作る
毎回ゼロから考えるのではなく、自分の中に修正基準(プレイブック)を持ちましょう。
- 即修正: 損害賠償の上限なし、非現実的な保証条項、自社に不利すぎる解除条項。
- 交渉余地あり: 支払サイト、少し厳しい報告義務。
- スルー: 表現の好みの違い、実害の少ない努力義務。
この仕分けを瞬時に行うことが、スピード審査の肝です。
ベンチャー・中小企業の法務専門の弁護士として、企業法務の現場で即戦力となるための「契約書レビューのスピードアップ」に関する記事を作成しました。
ご提示いただいた「プレイブック(修正基準)」の概念は、実務において非常に本質的かつ重要なノウハウです。これを読者がすぐに実践できるよう、具体的かつ視覚的に分かりやすい構成で執筆いたしました。
【弁護士監修】契約書レビューが劇的に速くなる!自分だけの「プレイブック(修正基準)」の作り方
企業法務の担当者にとって、契約書レビューは日常業務の要です。しかし、「毎回ゼロから考えていて時間がかかる」「どこまで修正すべきか迷って手が止まる」という悩みは尽きません。
特にスピード感が求められるベンチャーや中小企業の現場では、100点満点の完璧な修正よりも、**「リスク許容範囲を見極めたスピーディーな回答」**が評価されます。
今回は、私が普段の実務でも意識している、審査スピードを格段に上げるための脳内「プレイブック(修正基準)」の作り方について解説します。
なぜ「プレイブック」が必要なのか?
契約書審査で時間がかかる最大の原因は、**「すべての条項を同じ重みで検討してしまうこと」**です。
- 「てにをは」の修正
- 会社の存続に関わる損害賠償条項
この2つを同じ熱量で悩んでいては、いつまで経っても審査は終わりません。自分の中に明確な**「仕分け基準(プレイブック)」**を持ち、条項を見た瞬間に脳内でラベリングを行うこと。これがプロのスピードの正体です。
【実践】修正基準の仕分け表(プレイブック具体例)
以下の表は、実際の審査現場で脳内に行うべき仕分けのイメージです。この基準を参考に、自社のリスク許容度に合わせた基準を持っておきましょう。
| カテゴリ | 判断アクション | 具体例(キーワード) | 心構え |
| ① 即修正 | 絶対に譲らない (Deal Breaker) | ・損害賠償の上限なし(青天井) ・非現実的な保証条項(全知財の非侵害保証など) ・自社に不利すぎる解除条項(催告なしの即時解除など) | ここを通されると会社の存続に関わる。たとえ破談になっても修正必須。 |
| ② 交渉余地あり | 調整・バーター (Trade-off) | ・支払サイト(月末締め翌月末払い等) ・少し厳しい報告義務 ・知的財産権の帰属(共有か単独か) | 運用でカバーできるか? 他の条項を譲る代わりにここを通すか? 事業部と相談して決める領域。 |
| ③ スルー | 受け入れる (Ignore) | ・表現の好みの違い(「及び」か「並びに」か等) ・実害の少ない努力義務 ・条数ズレなどの軽微な形式不備 | 法的効果に大差がないなら触らない。「修正が多い=相手へのストレス」と心得る |
③ 修正は「ミニマム」に留める
ここが最も重要です。相手のドラフトを「自分の好みの表現」に書き直していませんか? 修正箇所が多ければ多いほど、相手方の確認にも時間がかかり、契約締結が遅れます。
**「リスクが許容範囲内なら、あえて修正しない(コメントもしない)」**という勇気を持つことが、プロのスピード感を生みます。
表で見る】「自己満足の修正」vs「プロのミニマム修正」
では、具体的にどのような修正を我慢すべきなのでしょうか? よくある「つい直したくなるポイント」を表にまとめました。
| 修正したくなるポイント | よくある「NG修正」の心理 | 対応方針 | 理由 |
| 表現・言い回し (例:「直ちに」と「速やかに」、「及び」と「並びに」) | 「法律用語として厳密にはこっちが正しい」「自分の書き癖と違うから気持ち悪い」 | スルーする (そのまま残す) | 裁判になった際に結論が変わるほどの違いでなければ、相手の表現を尊重する。 |
| 形式・体裁 (例:インデントのズレ、条番号の振り方) | 「見た目が美しくない」「当社のフォーマットに合わせたい」 | スルーする (そのまま残す) | 契約の法的効力には全く関係がない。相手のスタイルに合わせる。 |
| 過剰な公平性 (例:一方的な義務を双務にする) | 「相手だけ義務がないのはズルい」「とりあえずお互い様にしておこう」 | 実害がなければスルー | 自社がその権利を行使する可能性がゼロに近いなら(例:秘密情報を開示しない側なのに秘密保持義務を負う等)、形式的な平等を求めて時間を浪費しない。 |
| 念のための追記 (例:「疑義を避けるため~」の追記) | 「書いておいた方がより明確で親切だろう」 | 文脈で通じるなら書かない | 「あってもなくても変わらない」文言は、ノイズになるだけなので追加しない。 |
3. 【実例解説】損害賠償条項の修正ビフォー・アフター
【実例解説1】業務委託契約書(受託側)の損害賠償条項
【相手方(委託者)からの提示案】 第○条(損害賠償) 甲または乙は、本契約の履行に関し、相手方に損害を与えた場合、その損害(逸失利益、弁護士費用を含むがあらゆる損害を含む)を賠償しなければならない。
これを見た瞬間、法務担当者は「リスクが無制限だ!」と反応します。しかし、ここでどう修正するかが腕の見せ所です。
✖ 時間がかかる(嫌がられる)修正例
条文全体を削除し、自社のひな形にある長文の条項に差し替える。
なぜダメなのか? 相手方にとって「全面的に書き換えられた」という印象を与え、相手方社内の法務確認に時間がかかる原因になります。
〇 スピーディーな修正例
相手の条文を活かしつつ、「上限(キャップ)」だけを追記する。
【修正案】 甲または乙は、本契約の履行に関し、相手方に損害を与えた場合、その損害(逸失利益、弁護士費用を含むがあらゆる損害を含む)を賠償しなければならない。ただし、乙が負担する損害賠償額は、過去〇ヶ月間に乙が甲から受領した委託料の総額を上限とする。(※故意または重過失を除く)
解説 ポイントは「相手の文章はそのまま」で、「ただし書き」でリスクを限定した点です。これなら相手も変更点がわかりやすく、「上限がついただけか、まあ一般的だな」と即座に判断でき、ラリーが減ります。
【実例解説 2】著作権条項の「権利移転」問題
システム開発やデザイン制作、コンサルティングなどの業務委託契約(受託側)において、最も時間のかかる論点が「成果物の著作権」です。
【相手方(発注者)からの提示案】 第○条(著作権の帰属) 本件業務により作成された成果物の著作権(著作権法第27条および第28条の権利を含む)は、納品完了と同時に乙(受託者)から甲(発注者)に移転するものとする。
これを受託側として審査する場合、「自社のノウハウや、使い回している汎用プログラムの権利まで持っていかれるのでは?」という懸念が生じます。
しかし、ここで真面目に「権利の切り分け」をしようとするとドツボにハマります。
✖ 時間がかかる(嫌がられる)修正例
「本件成果物のうち、乙が従来から保有していた著作権は乙に留保し、今回新たに発生した……」と定義を細かく分け、条文全体を複雑に書き換える。
なぜダメなのか? 定義が複雑になればなるほど、相手方の法務担当者も「自社に不利な抜け道がないか」を慎重に読み込む必要が出てくるため、確認に数日〜1週間かかってしまいます。
〇 スピーディーな修正例
相手の「権利がほしい(安心したい)」という要望を尊重し、「汎用部分の留保」だけをただし書きで追加する。
【修正案】 本件業務により作成された成果物の著作権(著作権法第27条および第28条の権利を含む)は、納品完了と同時に乙から甲に移転するものとする。ただし、乙が従前より保有するノウハウ、汎用的なプログラム等の権利は乙に留保されるものとし、乙は甲に対し、本件成果物の利用に必要な範囲で、これらを独占的に許諾するものとする。
解説 ポイントは以下の2点です。
- 原則は相手の顔を立てる: 「移転する」という主文は維持し、相手の「成果物を自由に使い倒したい」というニーズを満たします。
- 実利を取る: ただし書きで「自社の飯のタネ(ノウハウ・汎用ツール)」だけは確保します。
相手方にとっても、「成果物が使えなくなるわけではない(利用許諾がある)」ため、この修正を拒否する理由はほとんどありません。これで即日合意が可能になります。
法務の市場価値を高めるために
契約書の審査スピードを上げることは、単に作業を早く終わらせるためではありません。
「ビジネスの機会損失を防ぐ」という経営的視点を持つということです。
特に今、転職市場で求められているのは、法律知識だけがある人ではなく、**「法務知識を使ってビジネスをドライブさせられる人」**です。
これらのスキルを意識して日々の業務に取り組むことで、あなたの法務パーソンとしての市場価値は飛躍的に高まるはずです。
3. ツールや外部リソースを賢く使う
一人法務や兼任法務の場合、どうしても物理的な時間が足りないことがあります。その場合は、現代の武器(ツール)や外部の専門家を頼るのも戦略の一つです。
AI契約審査サービスの活用
最近では、AIが契約書を読み込み、瞬時にリスクや不足条項を指摘してくれるサービス(リーガルテック)が普及しています。 これらを「一次チェック」として活用することで、人間は「ビジネス判断」のみに集中でき、審査時間を半分以下に短縮することも可能です。
弁護士へのアウトソーシング
「難しい案件だけ」を外部の弁護士に投げ、定型的な契約書は社内で回すという切り分けも有効です。特にベンチャー法務に強い弁護士であれば、チャットベースでの即レス対応が可能な場合も多いです。
内法務 vs 外部弁護士 切り分け判断基準表
「難しい案件だけ」を外部に出し、定型的なものは社内で回す。このメリハリをつけるための具体的な判断基準は以下の通りです。
| A. 社内対応 | B. 外部弁護士へ外注 | |
| 役割・目的 | スピードと効率重視 ビジネスを止めないための即時対応 | 安全性と専門性重視 致命的なリスクを防ぐための深掘り |
| 対象案件の難易度 | 定型・低〜中リスク 過去の事例や雛形で対応可能なもの | 非定型・高リスク 初めてのスキームや、会社の命運を左右するもの |
| 具体的な契約類型 | ・秘密保持契約書(NDA) ・定型的な業務委託契約書 ・売買基本契約書(少額) ・既存取引の覚書・更新 | ・M&A、出資関連契約 ・システム開発、ライセンス契約 ・利用規約の新規作成 ・紛争・トラブル対応 ・新規事業の適法性リサーチ(業法調査) |
| 判断のキーワード | 「いつものパターン」 「雛形あり」 「リスクが想定内」 | 「イレギュラー」 「単発契約」 「高額取引」 「未知の領域」 「取引先の属性(揉める予感)」 |
| 得られるメリット | ・コストゼロ ・即日回答が可能 ・社内事情に即した柔軟な判断 | ・法令に基づいた正確な助言 ・「弁護士のお墨付き」による社内説得力 ・万が一の際の責任分担 |
4. まとめ:法務は「ガードマン」ではなく「ナビゲーター」へ
スピード感のある契約審査とは、「何も見ずにハンコを押すこと」ではありません。 ビジネスの速度に合わせて、許容できるリスクの範囲内での最適解を、即座に提示することです。
「この契約書、リスクはあるけれど、この条件さえ変えればGoできます!」
そう言える法務担当者がいれば、企業は安心してアクセルを踏み込むことができます。もしあなたが、今の環境で「スピードと質の板挟み」に悩んでいるなら、より裁量を持ってビジネスに関われる環境へのキャリアチェンジや、新しいツールの導入を検討してみるのも良いでしょう。
企業法務は、ビジネスを加速させる「ナビゲーター」になれる、非常にエキサイティングな仕事なのです。

